愛猫と愛コギと介護の備忘録

愛猫と愛コギと介護の備忘録

アホな飼い主のアウトプットの練習

大量消費を賞賛する経済を止めよう。エコな生活文化を考えよう。
最近SDGsというらしい

 このブログは気が向の向くままに気が付いたことをメモっています。
 大人向けの内容もままあるかと思います。

 2代目コギ丸(コーギー(2020年5月16日生)の事や愛猫黒ヨダレ(2016年春生)の事をメモってます。
 1代目コギ男(コーギー(2005年9月29日生2019年2月6日永眠)
 先代愛猫キジ姫(1998年春生2015年10月29日永眠)


 コギ男さんについて
 2013年2月5日正午頃コギ男さんの異変が始まりました。だんだん後ろ足が麻痺し1日で立つのがやっとになってしまいました。その後歩けるまで回復しました。

 飼い主は生理が始まって以来ひどい生理痛に悩まされ続け2回子宮内膜症の手術をしました。頭痛もち



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過緊張な人が「おだやかな幸せ」をつかむ4つのヒント



「なぜかいつも気持ちが休まらない」

「家にいても、なんだかソワソワしてリラックスできない」

そんな風に感じること、ありませんか?

それはもしかすると、心と体が常に戦闘モードになってしまう**「過緊張(かきんちょう)」**の状態かもしれません。

過緊張になる人は、とても真面目で、責任感が強く、周りへの気配りができる優しい人が多いです。これまでずっと、心と体を張って頑張ってきた証拠でもあります。

今回は、そんな頑張り屋さんな私たちが、緊張を少しずつ解きほぐし、自分らしい「おだやかな幸せ」を感じられるようになるためのヒントをお届けします。

1. まずは「体の緊張」を物理的に緩める

心と体はつながっています。心が緊張しているときは、自律神経の「交感神経(アクセル)」が全開になっている状態です。

まずは、体に直接アプローチして「副交感神経(ブレーキ)」を入れてあげましょう。

 * 「吐く」ことを意識した深呼吸

   吸うことよりも「息を細く長く吐き切る」ことに集中します(4秒吸って、8秒かけて吐くイメージ)。

 * 肩の力をストンと落とす(筋弛緩法)

   ギューッと肩を耳に近づけるように力を入れ、5秒たったら一気に「脱力」!「力を緩める感覚」を体に教え込みます。

 * 首や肩、お腹を温める

   蒸しタオルや温かいお風呂で体を温めると、物理的に筋肉がほぐれ、安心感が生まれます。

2. 思考のブレーキを緩めて「60点」を合格にする

過緊張の裏には、「ちゃんとしなきゃ」「期待に応えなきゃ」という無意識のプレッシャーが潜んでいることが多いです。

 * 「60点」で大成功とする

   いつでも100点を目指す必要はありません。「今日は60点できたから花丸!」と、自分への合格ラインをゆるめてみましょう。

 * 「~すべき」を「~してもいい」に変える

   「休んではいけない」→「休んでもいい」

   「完璧にやらなきゃ」→「途中でやめてもいい」

   言葉を少し変えるだけで、脳の警戒モードはすっと和らぎます。

3. 自分だけの「安全基地」をつくる

緊張しやすい人は、周りの音や光、他人の機嫌などにとても敏感です。

 * 誰の機嫌も気にしない「10分間」をつくる

   1日のうちに少しでも「誰のことも気にしなくていい時間・場所」を確保しましょう。静かな部屋でぼーっとしたり、好きなカフェに行ったり、ペットと触れ合ったり。

 * 「他人の問題」と「自分の問題」を分ける

   不機嫌な人がいても「それはその人の問題。私が責任を感じる必要はない」と心の中で小さな線を引く練習をしてみましょう。

4. 過緊張な人が目指す「幸せ」のステップ

「幸せ」というと、ワクワクしたりテンションが上がったりすることを想像しがちですが、過緊張の人にとっての最初の幸せは違います。

 * ステップ1:おだやかな安心感(マイナスからゼロへ)

   「あ、今静かだな」「ちょっとホッとするな」という、静かで小さな安心感を感じること。これが第一歩です。

 * ステップ2:自分の「好き」を取り戻す(ゼロからプラスへ)

   安心感が育つと、「これ食べたいな」「ここに行きたいな」という自分の心地よい感覚が戻ってきます。その「小さな好き」を満たしていくことが、確かな幸せに繋がっていきます。

おわりに

過緊張は、あなたがこれまで大変なことや困難な状況を一生懸命生き抜いてきた証でもあります。だから、「早く直さなきゃ」と焦る必要はありません。

「あ、今すごく力が入っているな」と気づいたら、まずは「ふぅーっ」と息を長く吐いてみてください。

ゆっくり、自分のペースで、肩の力を抜く練習をしていきましょうね。


本日の2択テーマ

今日から8月がスタート✨
今月やりたいことは?

わたしは【🌻 夏を満喫したい】

「気になっていた海へお出かけ!」
「美味しいかき氷を食べに行く」など
あなたの8月やりたいことを教えて✍️

ひとことだけでもOK!

満喫したいと思いつつ、

実際はダラダラ…

暑いのも寒いのも苦手なんよ

今年は雨が多くて湿気がひどい

さてはてどうしたものか



ここのところ、降ったり止んだり。

今日は昨日からずっと雨。

(´・ω・`)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、人と話すのが嫌いなわけではないです。
むしろ本当は、話したいことはたくさんあります。
今日あったこととか、
ちょっと聞いてほしいこととか、
しんどかったこととか、
「わかるよ」って言ってもらえたら少し救われるようなこととか。
そういうのは、ちゃんとあるんです。
でも、いざ人を前にすると、うまく話せない。
特に、相手が二人以上になると、もうダメです。
一人が話していて、
もう一人が反応していて、
その流れを見ながら、自分も何か言いたいと思う。
でもその時点で、私の頭の中はもういっぱいいっぱいになっています。
今どこまで話が進んでいるのか。
誰の流れに乗れば自然なのか。
今この話をしていいのか。
どう言えば変じゃないのか。
さっき思いついたことを、まだ覚えていられるか。
そういうことを一度に考えようとすると、すぐにこぼれてしまうんです。
「これ言いたい」と思ったはずなのに、
会話を追いかけているうちに、
その話したかったことが、どこかへ行ってしまう。
そして結局、何も言えなくなる。
たぶん私は、人よりも
ワーキングメモリが少ないんだと思います。
頭の中に一時的に置いておける情報の量が少ないというか、
一度にいろんなことを持ちながら処理するのが、とても苦手なんです。
会話の流れ。
相手の表情。
自分が言いたいこと。
タイミング。
言い方。
そういうものを同時に持っているうちに、
どれかがこぼれて、
最終的に「何を話そうとしてたんだっけ?」になります。
だから、話したいことが無いから黙っているわけじゃないんです。
むしろ逆で、
話したいことはあるのに、うまく取り出せない。
それがすごくもどかしい。
周りから見たら、
おとなしいとか、
話すのが苦手とか、
人付き合いが苦手とか、
そう見えるのかもしれません。
でも自分の中では、何も起きていないわけじゃないんです。
むしろずっと、頭の中ではいろんなことが起きています。
話を聞いて、理解して、
空気を読んで、タイミングを見て、
言葉を探して、変じゃないように整えて。
それを全部やろうとして、
途中で処理しきれなくなってしまう。
だから私は、人が嫌いなわけでも、
会話したくないわけでもないです。
ただ、会話にすごくエネルギーを使ってしまうんだと思います。
一対一の方がまだ話しやすいし、
文字の方が落ち着いて考えられるし、
少し時間がある方が、自分の本当の気持ちを言葉にしやすいです。
でも世の中って、その場でポンポン返せる人の方が「普通」に見えますよね。
テンポよく話せる人。
すぐに反応できる人。
複数人の会話に自然に入っていける人。
そういう人を見るたびに、
自分は何か足りないのかな、と思ってしまうことがあります。
でも本当は、足りないというより、
頭の使い方や、会話の向き不向きが違うだけなのかもしれません。
私はたぶん、
その場の勢いでうまく話すタイプではなくて、
考えてから、自分の気持ちを確かめながら話すタイプなんだと思います。
だからこそ、本当は
安心して話せる相手がほしいです。
話す速さを求めない人。
うまく言えなくても待ってくれる人。
話が飛んでも受け取ろうとしてくれる人。
言葉がまとまるまで、急かさずにいてくれる人。
「何でも話していいよ」と軽く言う人ではなくて、
本当に、安心して話せる人。
私は、人と分かち合いたい気持ちはちゃんとあります。
ただ、それを外に出すまでに、
少し時間がかかるだけ。
すぐに言葉にならないだけで、
何も感じていないわけじゃないし、
何も考えていないわけでもない。
むしろ、頭の中にはいつもいろいろある。
ただ、それをうまく同時に持っていられないだけなんです。
それが時々、とても苦しいです。
でも、話したい気持ちがある限り、
私はきっと、誰かとちゃんとつながりたいと思っているんだと思います。

ゲンジツッテムズシイネェ





YouTubeを見ていたら、やたらと『機動警察パトレイバー』が流れてきていて、「え、なんで今?」と思っていたら……新作発表だったのですね。そりゃ流れてくるわけだ。こういう“アルゴリズムが先に察してくる現象”って、嫌だけどありがたい時もある。

で、その流れでいろいろ見ていたら、押井守さんのお顔を初めてちゃんと見ました。名前は当然知っているし、作品の存在感も強すぎるのに、「ご本人の顔」は知らなかったんですよね。


パトレイバーって、今見てもやっぱり独特の空気がある。メカ、警察、都市、労働、組織、日常のゆるさと不穏さの同居。あの世界観の“リアル寄りなのに妙に詩的”な感じ。そして映像を見ていると、あらためて「このあたりの時代から、アニメとCGの関係ってかなり面白くなっていったよな……」という気持ちになる。もちろん今の目で見ると、技術的に“古さ”を感じる部分はある。でも、それを単なる古さとして終わらせたくないというか、むしろ「ここでこういうことをやろうとしていたのか!」という驚きの方が大きい。今のアニメって、背景美術も、撮影処理も、3Dの馴染ませ方も、カメラワークも、本当にとんでもないレベルまで来ているじゃないですか。でもあれって、ある日突然「はい、現代アニメ完成です」って生まれたわけじゃなくて、昔の作品の中で、いろんな人たちが「ここをもっと良くしたい」「この動きを描きたい」「手描きだけでは難しいことを、どう画面に落とし込むか」みたいなことを延々やってきた結果なんですよね。そう思うと、ちょっと泣けてくる。今の“ぬるぬる動く高精細アニメ”の後ろには、気の遠くなるような試行錯誤と、たぶん当時は正解も見えないまま挑戦していた人たちの執念がある。しかもアニメって、ひとりの天才だけで完成するものじゃなくて、作画、演出、脚本、色彩、撮影、音響、編集、3DCG、設定、デザイン……本当にいろんな人の才能と努力が噛み合って、ようやくひとつの映像になる。その積み重ねが何十年も続いて、今の「え、TVアニメでここまでやるの!?」みたいな作品群に繋がっていると思うと、時間の経過そのものに感動してしまうなぁ。なんて思うなんて年取った証拠じゃん。笑い泣き


パトレイバーが流れてきただけなのに、気づけばアニメの進化の歴史と、映像表現の積み重ねと、ものづくりを続けてきた人たちへの敬意で胸がいっぱいになった



パトレイバーezy



お腹の痛みは19日にはほぼ治って、普通に過ごせるようになった。

18日はまだで、歩くだけでもお腹に響いてた。
18日は病院へ行ってそれから出社した。
病院では血液検査をされて、
さらにカメラ検査の予約まで取られた。

“何もないことを確認するための検査”。

分かってるんだけど、
やっぱり憂鬱。

痛いかもしれないし、
検査でまた体調崩したらどうしようとか、
そういうのを考えると気が重い。

体調崩した直後だから余計にかな。

ちゃんと治ったって思いたいし、
もうあの痛みは味わいたくないし。

でも、ここでちゃんと見てもらえば、
少し安心できるのも事実。

がんばるしかないか、って思いながら、
ちょっとだけ気持ちが沈んでる。

とりあえず、検査が終わったら
自分に何かご褒美あげようかな

最近、知らない番号からの電話がよくかかってくる。

平日の昼間とか、出られるわけがない時間。

営業の留守録があれば、まぁ無視だけど

留守電は残らない。
メッセージもない。
でも、またかかってくる。

すごく嫌だ。
着信の記録を見る度、数十秒意識を持っていかれる。
「誰だろう?」
「もしかして必要な電話だった?」

そして回数が増えるほど、余計な考えまで広がっていく。
知り合いかもしれない。
営業かもしれない。
詐欺かもしれない。
留守を確認している泥棒だったらどうしよう。

考えても答えなんて出ないのに、
勝手に不安だけが膨らんでいく。

その時間ごと、すごく無駄で、すごく腹が立つ。

でも、よく考えてみると
本当に大事な連絡なら、必ず何かしら残るはずだ。

名前を名乗るとか、
要件を伝えるとか、
時間を変えてかけ直すとか。

何も残さない電話は、
こちらにとって重要じゃない可能性が高い。

「留守電がない=気にしなくていい」

自分の中でそう決めると、
あの無駄なモヤモヤが減る。

それでも正直、やっぱりイラッとはする。
出てもいないのに、気持ちだけ乱されるのは納得いかない。

だから最近は、
知らない番号は“考えない”ことにした。

正体を想像しない。
意味を探さない。
ただのノイズとして流す。

必要な人は、ちゃんと伝えてくる。

そう信じて、
今日も鳴らないことを祈りつつ、
鳴っても気にしない練習をしている。