愛猫と愛コギと介護の備忘録

愛猫と愛コギと介護の備忘録

アホな飼い主のアウトプットの練習

大量消費を賞賛する経済を止めよう。エコな生活文化を考えよう。
最近SDGsというらしい

 このブログは気が向の向くままに気が付いたことをメモっています。
 大人向けの内容もままあるかと思います。

 2代目コギ丸(コーギー(2020年5月16日生)の事や愛猫黒ヨダレ(2016年春生)の事をメモってます。
 1代目コギ男(コーギー(2005年9月29日生2019年2月6日永眠)
 先代愛猫キジ姫(1998年春生2015年10月29日永眠)


 コギ男さんについて
 2013年2月5日正午頃コギ男さんの異変が始まりました。だんだん後ろ足が麻痺し1日で立つのがやっとになってしまいました。その後歩けるまで回復しました。

 飼い主は生理が始まって以来ひどい生理痛に悩まされ続け2回子宮内膜症の手術をしました。頭痛もち



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私は、人と話すのが嫌いなわけではないです。
むしろ本当は、話したいことはたくさんあります。
今日あったこととか、
ちょっと聞いてほしいこととか、
しんどかったこととか、
「わかるよ」って言ってもらえたら少し救われるようなこととか。
そういうのは、ちゃんとあるんです。
でも、いざ人を前にすると、うまく話せない。
特に、相手が二人以上になると、もうダメです。
一人が話していて、
もう一人が反応していて、
その流れを見ながら、自分も何か言いたいと思う。
でもその時点で、私の頭の中はもういっぱいいっぱいになっています。
今どこまで話が進んでいるのか。
誰の流れに乗れば自然なのか。
今この話をしていいのか。
どう言えば変じゃないのか。
さっき思いついたことを、まだ覚えていられるか。
そういうことを一度に考えようとすると、すぐにこぼれてしまうんです。
「これ言いたい」と思ったはずなのに、
会話を追いかけているうちに、
その話したかったことが、どこかへ行ってしまう。
そして結局、何も言えなくなる。
たぶん私は、人よりも
ワーキングメモリが少ないんだと思います。
頭の中に一時的に置いておける情報の量が少ないというか、
一度にいろんなことを持ちながら処理するのが、とても苦手なんです。
会話の流れ。
相手の表情。
自分が言いたいこと。
タイミング。
言い方。
そういうものを同時に持っているうちに、
どれかがこぼれて、
最終的に「何を話そうとしてたんだっけ?」になります。
だから、話したいことが無いから黙っているわけじゃないんです。
むしろ逆で、
話したいことはあるのに、うまく取り出せない。
それがすごくもどかしい。
周りから見たら、
おとなしいとか、
話すのが苦手とか、
人付き合いが苦手とか、
そう見えるのかもしれません。
でも自分の中では、何も起きていないわけじゃないんです。
むしろずっと、頭の中ではいろんなことが起きています。
話を聞いて、理解して、
空気を読んで、タイミングを見て、
言葉を探して、変じゃないように整えて。
それを全部やろうとして、
途中で処理しきれなくなってしまう。
だから私は、人が嫌いなわけでも、
会話したくないわけでもないです。
ただ、会話にすごくエネルギーを使ってしまうんだと思います。
一対一の方がまだ話しやすいし、
文字の方が落ち着いて考えられるし、
少し時間がある方が、自分の本当の気持ちを言葉にしやすいです。
でも世の中って、その場でポンポン返せる人の方が「普通」に見えますよね。
テンポよく話せる人。
すぐに反応できる人。
複数人の会話に自然に入っていける人。
そういう人を見るたびに、
自分は何か足りないのかな、と思ってしまうことがあります。
でも本当は、足りないというより、
頭の使い方や、会話の向き不向きが違うだけなのかもしれません。
私はたぶん、
その場の勢いでうまく話すタイプではなくて、
考えてから、自分の気持ちを確かめながら話すタイプなんだと思います。
だからこそ、本当は
安心して話せる相手がほしいです。
話す速さを求めない人。
うまく言えなくても待ってくれる人。
話が飛んでも受け取ろうとしてくれる人。
言葉がまとまるまで、急かさずにいてくれる人。
「何でも話していいよ」と軽く言う人ではなくて、
本当に、安心して話せる人。
私は、人と分かち合いたい気持ちはちゃんとあります。
ただ、それを外に出すまでに、
少し時間がかかるだけ。
すぐに言葉にならないだけで、
何も感じていないわけじゃないし、
何も考えていないわけでもない。
むしろ、頭の中にはいつもいろいろある。
ただ、それをうまく同時に持っていられないだけなんです。
それが時々、とても苦しいです。
でも、話したい気持ちがある限り、
私はきっと、誰かとちゃんとつながりたいと思っているんだと思います。

ゲンジツッテムズシイネェ





YouTubeを見ていたら、やたらと『機動警察パトレイバー』が流れてきていて、「え、なんで今?」と思っていたら……新作発表だったのですね。そりゃ流れてくるわけだ。こういう“アルゴリズムが先に察してくる現象”って、嫌だけどありがたい時もある。

で、その流れでいろいろ見ていたら、押井守さんのお顔を初めてちゃんと見ました。名前は当然知っているし、作品の存在感も強すぎるのに、「ご本人の顔」は知らなかったんですよね。


パトレイバーって、今見てもやっぱり独特の空気がある。メカ、警察、都市、労働、組織、日常のゆるさと不穏さの同居。あの世界観の“リアル寄りなのに妙に詩的”な感じ。そして映像を見ていると、あらためて「このあたりの時代から、アニメとCGの関係ってかなり面白くなっていったよな……」という気持ちになる。もちろん今の目で見ると、技術的に“古さ”を感じる部分はある。でも、それを単なる古さとして終わらせたくないというか、むしろ「ここでこういうことをやろうとしていたのか!」という驚きの方が大きい。今のアニメって、背景美術も、撮影処理も、3Dの馴染ませ方も、カメラワークも、本当にとんでもないレベルまで来ているじゃないですか。でもあれって、ある日突然「はい、現代アニメ完成です」って生まれたわけじゃなくて、昔の作品の中で、いろんな人たちが「ここをもっと良くしたい」「この動きを描きたい」「手描きだけでは難しいことを、どう画面に落とし込むか」みたいなことを延々やってきた結果なんですよね。そう思うと、ちょっと泣けてくる。今の“ぬるぬる動く高精細アニメ”の後ろには、気の遠くなるような試行錯誤と、たぶん当時は正解も見えないまま挑戦していた人たちの執念がある。しかもアニメって、ひとりの天才だけで完成するものじゃなくて、作画、演出、脚本、色彩、撮影、音響、編集、3DCG、設定、デザイン……本当にいろんな人の才能と努力が噛み合って、ようやくひとつの映像になる。その積み重ねが何十年も続いて、今の「え、TVアニメでここまでやるの!?」みたいな作品群に繋がっていると思うと、時間の経過そのものに感動してしまうなぁ。なんて思うなんて年取った証拠じゃん。笑い泣き


パトレイバーが流れてきただけなのに、気づけばアニメの進化の歴史と、映像表現の積み重ねと、ものづくりを続けてきた人たちへの敬意で胸がいっぱいになった



パトレイバーezy



お腹の痛みは19日にはほぼ治って、普通に過ごせるようになった。

18日はまだで、歩くだけでもお腹に響いてた。
18日は病院へ行ってそれから出社した。
病院では血液検査をされて、
さらにカメラ検査の予約まで取られた。

“何もないことを確認するための検査”。

分かってるんだけど、
やっぱり憂鬱。

痛いかもしれないし、
検査でまた体調崩したらどうしようとか、
そういうのを考えると気が重い。

体調崩した直後だから余計にかな。

ちゃんと治ったって思いたいし、
もうあの痛みは味わいたくないし。

でも、ここでちゃんと見てもらえば、
少し安心できるのも事実。

がんばるしかないか、って思いながら、
ちょっとだけ気持ちが沈んでる。

とりあえず、検査が終わったら
自分に何かご褒美あげようかな

最近、知らない番号からの電話がよくかかってくる。

平日の昼間とか、出られるわけがない時間。

営業の留守録があれば、まぁ無視だけど

留守電は残らない。
メッセージもない。
でも、またかかってくる。

すごく嫌だ。
着信の記録を見る度、数十秒意識を持っていかれる。
「誰だろう?」
「もしかして必要な電話だった?」

そして回数が増えるほど、余計な考えまで広がっていく。
知り合いかもしれない。
営業かもしれない。
詐欺かもしれない。
留守を確認している泥棒だったらどうしよう。

考えても答えなんて出ないのに、
勝手に不安だけが膨らんでいく。

その時間ごと、すごく無駄で、すごく腹が立つ。

でも、よく考えてみると
本当に大事な連絡なら、必ず何かしら残るはずだ。

名前を名乗るとか、
要件を伝えるとか、
時間を変えてかけ直すとか。

何も残さない電話は、
こちらにとって重要じゃない可能性が高い。

「留守電がない=気にしなくていい」

自分の中でそう決めると、
あの無駄なモヤモヤが減る。

それでも正直、やっぱりイラッとはする。
出てもいないのに、気持ちだけ乱されるのは納得いかない。

だから最近は、
知らない番号は“考えない”ことにした。

正体を想像しない。
意味を探さない。
ただのノイズとして流す。

必要な人は、ちゃんと伝えてくる。

そう信じて、
今日も鳴らないことを祈りつつ、
鳴っても気にしない練習をしている。

金曜日から、お腹が痛い。へその周りが鈍く痛む感じ。最初は「そのうち治るかな」と思っていたけれど、昨日の夜はついに眠れないくらい痛くなった。布団に入っても、じっとしていられない。

昨夜は少し吐き気もあって、カップスープと水を少し飲むのが精一杯だった。お腹を温めれば楽になるかと思ってカイロも試したけれど、逆に痛みが増す気がしてやめた。排便は特に問題ない。でも、もしかしたら便秘気味なのかもしれない。

朝になっても、まだ痛い。昨夜よりは少しマシだけど、痛みは10段階でいうと6くらい。眠れていないせいか、頭の方までつらい。それでも、生活は止まらない。まず、お湯を沸かす。ゆっくりお粥を作り始める。そして、もうひとつ大事なこと。うちの犬。まだごはんを出していなかったけれど、今日は缶詰があるからそれでしのいでもらおうと思う。体調が悪い日でも、まるるんは待っている。お腹が痛くても、眠れていなくても、お湯を沸かして、お粥を作って、犬のごはんを考える。そんな朝。

今日は、体を休める日にする。お粥を少し食べて、横になろうと思う。膝を少し曲げて、体を丸めて。


去年コロナになったりもしたけど、こんなにお腹が痛かったのは何時以来だろう。

 

 

最近ホッとした瞬間

 ありません。


「ほんとは、手伝ってほしい」

最近ずっと、気持ちも頭の中もぐちゃぐちゃだ。

やらなきゃいけないことは分かっている。
分かっているのに、体も心も動かない。

先延ばししている自分が嫌になる。
ちゃんと出来ない自分にがっかりする。



疲れている。
ずっと疲れている。

寂しい。
すごく、寂しい。

「助けて」と言うほど大げさじゃない。
でも、少しでいいから手伝ってほしい。

そして何より、
私がそう思っていることを
誰かに知ってほしい。

強くなくていいと言ってほしい。
頑張り続けなくていいと言ってほしい。
限界があると認めてもいいと言ってほしい。

本当は、
「大丈夫?」って言われたいだけなのかもしれない。

誰かに頼るのが怖い。
迷惑だと思われるのも怖い。
だから今日も何も言えない。

でも、今日はここに書いておく。

私は今、つらい。
悲しい。
さみしい。

そして本当は、
一人で全部抱えなくていい世界を望んでいる。




 

連休中にやったことや一言

 

頭痛の日々でした。

特に3日目が最悪。薬が夜になってようやく効いてきた。

 

猫のかわいいところは?

 

 全部ですよ全部

猫科は全部かわいいのです。

大きな耳も真ん丸な目も全てが完璧なカタチ。

耳から出た毛もカールしたヒゲも、あげたらキリがない。

普段だらりと寝ているのもかわいい。急に俊敏になるのも見惚れる。

部品もかわいいが、猫という存在がかわいい。







今年、黒ヨダレ君は10歳。

触ればナイフのようだった君も随分優しく甘えん坊になりました。


傷物のりんごを大量に頂いたので、

リンゴピザにしてみた




チーズピザの上にリンゴ並べて焼いただけだが、やる前に想像してたのより美味しかったw
そして、ピザの匂いにワンワンがうるさいwww

本当に大量にあるので消費するのに必死です(ワンワンとわけても多い)www

料理を面倒臭いと感じてしまう私ですが、しばらくリンゴ料理に悩みそうです笑い泣き