YouTubeを見ていたら、やたらと『機動警察パトレイバー』が流れてきていて、「え、なんで今?」と思っていたら……新作発表だったのですね。そりゃ流れてくるわけだ。こういう“アルゴリズムが先に察してくる現象”って、嫌だけどありがたい時もある。
で、その流れでいろいろ見ていたら、押井守さんのお顔を初めてちゃんと見ました。名前は当然知っているし、作品の存在感も強すぎるのに、「ご本人の顔」は知らなかったんですよね。
パトレイバーって、今見てもやっぱり独特の空気がある。メカ、警察、都市、労働、組織、日常のゆるさと不穏さの同居。あの世界観の“リアル寄りなのに妙に詩的”な感じ。そして映像を見ていると、あらためて「このあたりの時代から、アニメとCGの関係ってかなり面白くなっていったよな……」という気持ちになる。もちろん今の目で見ると、技術的に“古さ”を感じる部分はある。でも、それを単なる古さとして終わらせたくないというか、むしろ「ここでこういうことをやろうとしていたのか!」という驚きの方が大きい。今のアニメって、背景美術も、撮影処理も、3Dの馴染ませ方も、カメラワークも、本当にとんでもないレベルまで来ているじゃないですか。でもあれって、ある日突然「はい、現代アニメ完成です」って生まれたわけじゃなくて、昔の作品の中で、いろんな人たちが「ここをもっと良くしたい」「この動きを描きたい」「手描きだけでは難しいことを、どう画面に落とし込むか」みたいなことを延々やってきた結果なんですよね。そう思うと、ちょっと泣けてくる。今の“ぬるぬる動く高精細アニメ”の後ろには、気の遠くなるような試行錯誤と、たぶん当時は正解も見えないまま挑戦していた人たちの執念がある。しかもアニメって、ひとりの天才だけで完成するものじゃなくて、作画、演出、脚本、色彩、撮影、音響、編集、3DCG、設定、デザイン……本当にいろんな人の才能と努力が噛み合って、ようやくひとつの映像になる。その積み重ねが何十年も続いて、今の「え、TVアニメでここまでやるの!?」みたいな作品群に繋がっていると思うと、時間の経過そのものに感動してしまうなぁ。なんて思うなんて年取った証拠じゃん。![]()
パトレイバーが流れてきただけなのに、気づけばアニメの進化の歴史と、映像表現の積み重ねと、ものづくりを続けてきた人たちへの敬意で胸がいっぱいになった





