第六十九校 雉始鳴
(きじはじめてなく)
暮れに写した
朝日を浴びて赤く染まる安達太良山
我が家のキッチンから見える風景
ところで
今日16日の季節の時候は雉始鳴
季節が良くなると
もりのかぜ・らぼの近くでも
たくさんのキジを見かけます
草むらや藪の中から急に現れて
脅かされることも
そんなキジが求愛のために鳴き始めるのは
立春を過ぎた頃からなのですが
昔から
キジは身近な存在だったので
(何せ桃太郎にも出てきますしね
)
今でもよく使われる
慣用句がたくさんあります
愛用の和暦手帳 日々是好日の
1ページからご紹介
* * * * * *
雄のキジが求愛のために「ケーン」と鳴いた後
バタバタ羽ばたいて大きな音を出すことを
「ほろうち」という。
懸命にアピールしてもメスはなかなか応じないため
「けんもほろろ」という言葉ができました。
和暦日日是好日より
* * * * * *
全く相手にされない
取り付くしまもないような状態
時折使っていた言葉でしたが
その意味がキジに発していたとは
知りませんでした ![]()
ところで
ネットなどでキジの鳴き方を検索すると
確かに2度甲高い声の後に必ず
バタバタと2度羽をばたつかせています
そのばたつかせることを「ほろうち」
漢字で書くと「母衣打ち」です
ちなみに「母衣」とは
流れ矢を防ぐための武士の武具の一つですが
↓背中にあるもの
平敦盛を呼び止める熊谷直実の図 Wikipedia
馬で走り出すと
この母衣が風でバタバタと
大きな音を立てたのでしょうか
さすがに
そこまで言及しているものは
ありませんでしたが・・![]()
ちょっと横道にそれましたが
外れついでに
「母衣」で思いつくのがアツモリソウです
アツモリソウはこんな感じ
ふっくらした花弁が
上の母衣に似ているので付けられたのですが
漢字で書くと敦盛草
平敦盛の母衣に見立てられ名付けられました
キジに戻ります ![]()
![]()
* * * * * *
「頭隠して尻隠さず」は
キジが草むらに隠れていても
長い尻尾が出ていることからきたことわざ。
また
キジは侵入者を威嚇するために鳴くことがあり
狩猟においてはそのために居場所を知られて
命を落とすことが多いことから
「雉も鳴かずば撃たれまい」ということわざが生まれ
「余計なおしゃべりは災いのもと」という
意味合いになりました。
和暦日日是好日より
* * * * * *
キジのオス Wikipedia
この派手ななりの割には
ことわざは
なんだか
どれもちょっと情けなく憎めない内容
メスは
枯れた草むらにいても
全然見分けられないほど本当に地味です
その生態や役割の違いなど
知れば知るほど
微笑ましく愛おしく感じる鳥です
そんな身近な存在なので
国鳥になったのかも知れませんね
ちなみに
この候についての素敵な文章
ぜひ読んでみてください ↓
今年初めての山行は御岩山
御岩神社へのお参りでした
今年は元旦早々受難の幕開けでしたので
平和と人々の安寧祈願
大鳥居をくぐると
いつもと少々雰囲気が違いました
新年早々で
早朝だったせいもあるのか
清々しい空気が流れ
灯籠には火が灯され
奥からは雅楽の音色が響いていました
神社までの参道は
苔が青々としていて美しい
苔に覆われた切り株
苔むす仏像
御岩神社は神社でありながら
古より神仏混淆で
たくさんの仏像もそこここにあります
神社にお参りした後は
御神体の御岩山へ
表参道の杉木立
ここは
古く縄文の時代からの信仰の場
新たな立札がありました
地層も古く
ここまでが一億年前と書いてあります
ここから日本最古の地層だそうです
5億年前・・
そういえば・・
これは帰りの裏参道ですが
あちこちに現れていた白っぽい石は
ペグマタイト?
わが郡山にある鹿島大神宮の御神体は
ペグマタイトの巨岩で
国の天然記念物です
その岩脈は
鹿島大神宮のある阿武隈山系と
この辺(茨城県日立市)まで
繋がっているんだなあ・・と
なんだか
すごく身近に感じてしまいました
山頂近くにある御神体の石柱に
朝日の輝きが重なっています
宇宙から火柱が立って見えたという石柱です
私たちが暮らす大地は
地球にとったら
表面の薄皮のようなものに過ぎません
そして
地下深くその懐に秘めた力など
到底私たち人間の力など
及びようもありませんが・・
それでも人々の安寧を祈ります
御岩山を後にし
神峰山まで縦走し
神峰神社にもお参りしました
ここからは
太平洋の水平線が見渡せました
さすが太平洋側 暖かい
赤い身をつけた大株のミヤマシキミが
たくさん見られました![]()
でも
残念だったのが・・
山の荒れと この沢のつまり です
本来なら
澄んだ水が流れる清流でなければ
ならないはず
以前訪れた時
自分のご利益ばかりを求める大勢の人で溢れ
御神体である山への感謝も
労りの気持ちもなく
参道は踏み荒らされドロドロで
この山が気の毒で気の毒で
悲しくなったことがありました
その後
天候で入山制限もしていると
聞いていたのですが・・
谷に投げ入れられ放置された
伐採された木々
谷がつまり呼吸できなくなると
山が涵養している水の湧き出しが無くなり
山は乾いてきます
乾いてくると
雨が降ると雨は浸透せず地表を流れ
それらは泥を運び
さらに
水脈を詰まらせることになってしまいます
麓の神社の沢
青々とした美しい苔・・
それらがこれからも美しくあるよう
手遅れにならないうちに
手が入りますよう
こちらも祈るばかりです
今年は元旦から
心痛む幕開けとなりました
犠牲となられた皆様には
心よりお悔やみ申し上げます
被災された皆様には
早く物資や安心が届きますよう願うばかりです
今年はまだ雪がない
庭に咲くスノードロップ
原発事故で家から出られなかった時
3月
窓越しに
何事もなかったよう美しく咲く
庭の青いプルモナリアに
随分心慰められたことを思い出しました
寒さや悲しみにある皆様に
長い目で
心から支援できたらと思っています
庭の片隅に・・ハコベ
君がため
春の野に出てて若菜つむ
わが衣手に
雪は降りつつ
光孝天皇
「若菜摘み」とは
日本古来からある無病息災を願う風習
こんなに暖かいお正月なので
その辺を散策すれば
野草のロゼットはあちこちに
元気いっぱい葉を広げています
お正月7日に頂く七草粥は
旧暦のお正月のはずなので
本来は2月
今年であれば2月16日にあたります
現実的には
春を迎える直前の一番雪が多く冷える頃
現代のように冬野菜などがない時代
早春(と言っても厳寒期)に
芽吹く野草(青菜)は
重要なビタミンやミネラル源だったのだろう
と思います
私たちが今考える「無病息災」よりも
もっと切実な
もっと生きるために必要な
「元気の元」のような
薬のような意味があったのではと
想像します
母子草のロゼット
これが七草のゴギョウ
この綿毛のようなモヤモヤが
ヨモギの代わりに使われ母子餅が作られた
******
ちなみに
ゴギョウ(御形)とは「人型」のことで
それは3月の節句に使われたらしいのですが
(それについては別な機会に譲り)
あの牧野富太郎さんは
「ゴギョウ」というのは間違いで
「オギョウ」と呼びなさい!
と言っていたそうです
******
時代も江戸時代頃になると
冬野菜もできるようになり
明治、大正・・と
暮らしが豊かになってくるに従い
よく言われる
「七草粥は
お正月でご馳走をたくさん食べて
疲れた胃を労わるために」・・的な
昔とは全く真逆の
意味合いになってきているのかなあ
・・と
散策する道端の
日の光を求めてめいっぱい葉を広げる
草々を見ながら
思いを馳せたりしています
冬枯れの中で
うつむいて咲くスノードロップ
夕方の弱い光の中で撮ったので
ぼんやりとしていますが
花言葉って今まで
あんまり興味なかったのですが
この花の花言葉の一つに
「希望」というのがありました
これからも様々なことが起こりそうな
予感のする年明け
何があっても
この花の「希望」を信じて
前を向い行きましょうね!!
昨日27日の朝
スマホに入ってきたメッセージ
「今日はベニシアさんの誕生日
お祝いのメッセージを送りましょう」
ネコのしっぽ(キャットテール)
植物には
愛らしい動物の何かに例えているものが
数多くあります
このキャットテールに始まり
ふわっふわっのバニーテール(ウサギのしっぽ)
モヤモヤしたラムズイヤー(羊の耳)などなど
それらの名前には動物や植物に対する
身近な愛が感じられますね
あ、カエルの手とはカエデかな
NHKの人気番組だった「猫のしっぽ カエルの手」
その題名にも主人公であるベニシアさんの
植物や自然に対する優しい眼差しが
現れている気がしていました
ベニシアさんとは
ベニシア・スタンリー・スミスさんのこと
でも残念ながら
今年の6月に亡くなられてしまいました
番組では
イギリスの貴族の生まれでありながら
本当の幸せを求めて
大原の自然の中で日本の古民家に暮らし
丁寧に自然体で生きる姿が描かれていました
その生き方に憧れを抱いていた方は
多かったと思います
番組で
ベニシアさんの書かれるエッセイが
音楽にのせ彼女自身の声で語られるとき
それら全てがポエムとなり
とても癒されました
そんな
ベニシアさんへの感謝の気持ちは
亡くなられてこそさらに強く感じます
それは・・
福島県の東日本大震災と原発事故
津波被害では
多くの方が命を落としただけでなく
原発事故では
積み上げてきた全てを失い
未来への希望も断ち切られた想いでした
多くの人が
何度も引っ越ししながらの避難生活
自主避難する、しない
賠償金を受ける、受けないない
みんな心優しい人たちなのに
多くの分断を作り出され
食品は勿論、人さえ
県外に行けば言われなきバッシング
私を取り巻く
本当に善良な人たちが皆傷ついていました
それがとても悲しかった
東北の別な県では
花や植物で人を励まそうと
復興ガーデンが盛んに作られ
多くのボランティアさんが活躍されていました
一方、福島県では
子どもたちには土は触れさせられない
外では遊べない
土は剥ぎ取られ
被曝の不安はその後もずっと続くことになりました
植物が好きで始めた仕事
植物の力で人を励ましたいと思っていたのに
それが叶わない悔しさと無力感
復興支援で種を送ってくださる方がいても
それを楽しんでもらう場所もなく・・
それでも
なんとかみんなを励ましたい
植物の力で
大好きなみんなが前を向く力を作りたい・・
そうして
その思いをベニシアさんに送ったのでした
講演に来ていただけないでしょうか・・と
土もいじれない、花も楽しめない
でも
みんなが憧れるベニシアさんなら
同じ花を愛する人の話なら
きっとみんなが励まされるはず・・と
ただ、その思いだけでした
長い文章だったかもしれません
その時はすでに多忙なはずで
講演などはされず、断られる覚悟でした
どのくらい経ってからだったでしょうか
メールの返信が届きました
来てくださると!
講演の予定日は2014年2月9日
奇跡!と思いました
そして
さらに奇跡は続きました
講演会場探しでは
大震災の被害で壊れて使えなかったり
ホテルは高額だったりと苦労していました
ある日知り合った方に
帰り際、その話をすると
あっさり
数百人規模で収容できる会場を
しかも無料で提供できるお話を頂くことに!!
これも信じがたい出会いの奇跡
そして当日
その日は私たちも初めて経験するくらいの
未曾有の大雪となってしまいます
公共交通機関は全てストップ
東北新幹線も動きませんでした
京都からいらっしゃるベニシアさんは
飛行機で来られることになっていましたが
条件つきフライトとなりました
(一応飛ぶが、風が強すぎる時は引き返す)
数百人のチケットは
あっという間に完売していましたが
この大雪!人は集まるの??
と思っていたら・・
車がダメならと
朝は早くから歩いてくる方が続々・・
未曾有の大雪なのにほとんどの席が埋まりました
一方
べニシアさんの乗った飛行機は
駐車場でハラハラ待っていると・・無事着陸!
唯一、その便だけが飛んだのでした!!
果たして
講演は大成功!!
被災している私たちの気持ちを汲み取り
明るく
ベニシアさんの気取らないお話もたくさん
歌声も聴くことができました
多くの方の明るい笑顔が見れました
みんなの久しぶりに晴れやかで
満足げな優しい顔を見た気がしました
ベニシアさんが
ここに来てくださったということだけでも
どれだけ多くの方々が励まされたことでしょう
どれだけ
傷ついた心を癒していただけたことでしょう
その後
講演料をお支払いする段になった時
ご辞退の連絡を頂きました
(始めからそのおつもりだったのかもしれません)
ベニシアさん手書きの絵のお手紙
この最初からの一連の全てが
なんだか奇跡だったような
夢だったように思うときがあります
ご一緒させて頂いた時も
ちっとも気取らない笑顔と
片言の日本語が何より優しかった
後年
ご自分が大変なご病気になられた事を思うと
私たちは何も力になれず
本当に感謝しかありません
辞退して頂いた講演料は
震災の傷跡が少し癒えてきた頃
施設ボランティアやフラワーフェスティバル開催費用に
使わせて頂きました
![]()
いつもはお節介でちょっと迷惑だったりする
スマホのメッセージですが
年末に改めて
ベニシアさんの事を思い出させてくれて
ありがとうと言いたいです
ベニシアさん
生涯をかけて
日本の良さや故郷の誇りを取り戻すこと
植物や自然と共にあることの素晴らしさを
教えて頂き
本当にありがとうございました
ご冥福をお祈りしています
安らかに・・
合掌









































