青森県立美術館ワークショップその4 | 太亮の独言毒言

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絵本作家、イラストレーター、デザイナー、アート・ワークショップなどで
活動している木村太亮の公式ブログ。
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前日考えていた事もあり、開始時に説明をしようと考えていたのであるが、
参加者が一斉にやってくる訳でもなく、何となく始まってしまった。

若干不備を感じたので、10:00に説明させていただいたが、
何となく、説明不足な感じ。ウ~~~ム。
まっ、仕方がないや。

僕のワークショップの一番の特徴は、「仕上がり予想図」を
頭の中に置かない。ということである。
「仕上がり予想図」あるいは「下描き」または「設計図」
そういうものが事前にあると、どうしてもそこに固執しがちである。

まずちぎってみる。

その「ちぎる」行為も思ったようには行かない。
一番基本的な「道具」である「手」が思い通りに行かない。
そんな経験は、意外と今、新しいと思うのだがいかがであろうか?
パソコンのボタンひとつで、ベタ塗りも出来れば、
垂直平行の正しい線だって、あっという間に引ける。
僕たちは、もしかすると「便利」に慣れすぎてしまっているのではないだろうか?

でもね、パソコン使うのも他のカッターやはさみやセメダイン使うのも
大元は「手という道具」なのである。

手でちぎるという行為は、いい加減すると、本当にうまく行かない。
そこの作業も、一所懸命にやる事が必要なのだ。
この一所懸命な作業は、ちぎっている紙にエネルギーを込める作業でもある。

紙には意志はないかも知れないけれど、きっと何かになりたがっているのだと思うのだ。
込めたエネルギーが、どんなものか?ちぎった紙とコミュニケーションする。
「君は鳥になりたいの?」それとも「泳ぎたいの?」

参加者にはそこが巧く伝わらなかった。のではないかと思う。
というか、一番理解するのが難しい所かも知れない。

ちぎった後から「何を作るか決定する」と言っても
ただ、アウトラインが、何かの形に見えただけでは、まだ時期尚早なのである。

良い例えになるか、否か分からないけれど、
「ちぎる」は収穫である。
収穫したものに下ごしらえを加えて、形を整えて行く事が「料理」である。
最後に僕が手を加えるのは、いわば「盛りつけ」である。

おいしい魚は、シンプルに「塩焼き」か「刺身」が旨いに決まっている。
でも、他にも色々な食べ方があるでしょう。
その素材が、どんな風に「料理をしてもらいたいのか」を模索する事が
実は大事なのだ。

僕の所へ持ってきて、当初「作りたかったモノ」と違うものに変えられてしまった。
と思われている参加者もおられるのではなかろうか?

今回が初めてという事も大きく原因しているし、時間の制限もあったので
説明不足の感は否めないのであるが、要するに「塩焼き」や「刺身」ばっかりじゃ
飽きちゃうでしょ。そこにサプライズがあっても良いじゃない。

これらの問題は、複数回、開催している板橋では、少なくなってきている事なのだ。
だから多分、青森でも繰り返し経験してもらえれば解決出来る話なんじゃないかと思う。

さらに続く。