ウッ、久しぶりだわ。 | 太亮の独言毒言

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絵本作家、イラストレーター、デザイナー、アート・ワークショップなどで
活動している木村太亮の公式ブログ。
まあ、単なる戯言だとお聞き流し下さい。連絡先は、deeworks3623☆gmail.com

久しぶりだわな。ちゃんと生きていました。
ここの所、御用繁多気味でなんやかやと忙しくコマネズミのように
働いておりました。
その割には、成果は上がっても得点に結びついていないのがタマに傷だが・・・。

ブログをさぼっている間、いくつか食いつきたくなる話題も
そこかしこにあったのだけれど、何だか発言すると、
自分のパワーがマイナスになってしまうようで、
あえて、発言控えておりました。
特に、友人の社長兼CDの川島さんのブログなどには
ずいぶん心ひかれる話題がありました。

若い女性社員の応急処置。そこに一歩踏み出る勇気も賞賛であるが、
踏み出せないここの国のほとんどの人たちのモラルのなさを考えてしまう。

ちなみに木村は、日赤の救急救命資格保持者なので、
いつもバッグに人工呼吸用のマウスピースが入っています。
以前に一度使用したのでこれで2個目です。
どちらかと言えば、人の不幸な場面を狙っている節もありますが、
あまりにも不謹慎なので口には出せません。
ついでに応急処置用にキネシオも常時携帯してます。

「KY内閣」としては、いかにも正しいあまりにも唐突な辞め方を
見せてくれた安部さんですが、木村としては、
何だか人事とは思えない一事でもありました。
だってさ、「機能性胃腸障害」つうのは、多分今、木村が患っているのであろう
症状そのものなんだもの。
それでも入院なんかしないけれどさ、つうか「入院加療」を必要とする病気じゃ
ないらしいしね。でもね、当事者は意外とシンドイものなのよ。
でもこれは結局「コンジョナシの病」だと思うし、自覚してるけれどね。

ところで、何で忙しかったのかと言うと、某SB社のお仕事が一時、
暗礁に乗り上げてしまったり(なんとか最終的な所まで進みましたが・・・)
姉貴のG4がクラッシュして、結局ロジックボード交換になってしまい、
その間に木村のPBG4を貸してあげて、仕事ができるようにしなきゃいけなかったり、
その修理のためのデリバリをしなきゃいけなかったり、
そしたら搬送中に今度は姉貴がクラッシュしたりしてたからなのだ。

さらにお彼岸だから墓参りにも行って来ました。
先日来、お問い合わせのあった漫画評論家であった叔父貴の件で、
墓碑を写して来たり、
ついでにちょいと我が家のルーツなんかも調べたりしていました。
木村の祖父、祖母は戦中に物故していて、その直後に曾祖父も物故している。
祖父は教師であったそうだ。
まあ、あちこちの校長だとか教頭だとかをしていたらしい。
このじいさんに関しては、あまり深く調べていないのである。
その親の曾祖父の方が色々と活躍していたらしいのだ。
どうやら銀行屋さんであったらしい。
渋沢栄一さんが創った第一勧銀の創成期に名前が出てくる。
そして、アジア戦略の一つとして朝鮮半島に銀行を創った時に向こうの
先遣隊として支店長等もしていたらしい。
また当時の政治活動なんかにも「財界の人」として所々名前が出てくる。
なんだか「ヘェ~~~!」という感じである。
もっと詳しく調べれば調べられるんだろうけれど、以前から書いているように、
我が家はあまり親戚付き合いもせず、皆それぞれの家庭が勝手気ままに
我が道を行く不思議な家なので、まあこの辺で良いや。

ちなみに検索して行く中で、工作舎にいらした松岡正剛さんのブログや
思わぬ大きな団体のページにアクセスしちゃったりして、
これはこれで面白かった。
工作舎さんは僕も仕事をした事あるし、以前、そこに在籍していた
カメラマンの永田洋一さんとは一緒に香港行っちゃったりした仲良しである。
どこで何が繋がっているんだか?不思議な世界ではあるし、
その事を居ながらにして体験出来ちゃうネットの力もスゴイねえ!
ビックリしちゃった。

まあ、久しぶりなので色々な事が交錯しているなあ。
もう少し整理して、再び書こう。