32年前の記憶 | 太亮の独言毒言

太亮の独言毒言

絵本作家、イラストレーター、デザイナー、アート・ワークショップなどで
活動している木村太亮の公式ブログ。
まあ、単なる戯言だとお聞き流し下さい。連絡先は、deeworks3623☆gmail.com

ドイツで行われるWカップは実に32年振りなのである。
当時、その大会はWM74と表記されていたと記憶している。

僕は当時14才。一番サッカーにのめり込んでいた時期でもあり、
また、サカマガ、イレブンなどサッカ-雑誌の読者投稿欄のレギュラーになりつつある頃だった。
だから、モノスゴいい加減だが記憶が「熱い!」

TV放送は確か開会式とオープニングゲームと決勝戦しかなくて、
その他の試合は12chの「ダイヤモンドサッカー」
現MXTV、三菱ダイヤモンドサッカーで、後からチョコチョコと放映されるのを
密かな楽しみとして、心待ちにしていたような記憶がある。
(準決も見たような記憶もあるなあ。さてどうだったかな?)

ちなみに今大会緒戦で対戦したオーストラリアは、この大会に出場していた。
(今回はその大会以来の出場のはずなのだ)
さらにこの大会からヨ-ロッパに近い所のアフリカ諸国でなく、
確かザイールが出ていたような記憶がある。が、活躍した記憶はない。
それから分裂していた東ドイツも出場していたはずだ。

いずれにせよ、当時Wカップは日本的にはあまり人気もなく、
ごく限られた変わり者の趣味的な好事対象であった訳だ。

だからね、あらためて今の現象を見た時に驚きと光陰を軌跡を感じずにはいられない。
誰が今日の『Wカップ・フィーバー』を想像しただろう?
たぶん当時のファンたちは、今のブームに懐疑的な人も多いのではないかと思う。
(僕もその一人だ。まあヒネクレモンだからね)
喜んでいる自分と、素直に喜べない自分がいるのね。
なんだか密かに目をつけていた地味な女の子が、急に「みんなの人気者」になっちゃったみたいでさ。
ムム、歳取ると愚痴っぽくなるな。

ちなみにWM74では最終的にベッケンバウアー率いる西ドイツが
クライフ率いるオランダをマリーシアなPKと
ゲルト・ミューラーの振り返りながらのシュートの2点で振り切って優勝した。
その試合で唯一のオランダの得点(これはクライフをフォクツが引っ掛けたPKだったが)
を上げたのはヨハン・ニースケンス(前NEC監督)。
(このPKもすごかったよ。西ドイツのGKはマイヤー、だのにど真ん中に蹴って決めた一点だった)
そのヨハン・ニースケンスをVSオーストラリア戦で目撃してしまった。
彼はなんとオーストラリアのコーチになっていたのね。
74当時は、細面のちょいとキカないネーデルランド・アパッシュだったのだが、
すっかり落ち着いちゃって、一瞬、ビジュアルが結びつかなかった。

僕は今06年のドイツWカップを観ながら、
WM74の時の自分が蘇って来るような気がしている。
14才の頃の気分なのだ。肉体が許すならば、ボールが蹴りたい気分だぜ。
(まあ、許してもらえないのが現実だし、今、骨折中だしなあ・・・)