孫創基トレーナー | 川崎新田ジム 古橋岳也ブログ

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自分の担当だった孫創基トレーナーが独立されキックボクシングジムを立ち上げました。


武蔵新城駅から徒歩3分程にあるRBムエタイ


4年ほど前から独立を考えており、悩んでいたところを新田会長に後押しをされ、開業に至ったそうです。

孫さんとコンビを組むようになったのは2009年から。

その前は別のトレーナーに担当いただいていましたが、どうしても孫さんに見ていただきたく、ジムを巻き込んでの交渉になってしまいました…

あの時は本当にすみません。

担当になったのは2009年からですが、ジムが担当トレーナー制になる前にはほとんど孫さんにミットなどのご指導いただいていました。

なので、尚更孫さんと比べてしまっていたのかもしれません。

入門する為に初めてジムを見学、体験した際にも孫さんから色々とご説明を受けました。

「うわ…めっちゃ厳つい人…」

なんて初めは思ったりもしましたが、厳つい顔でも人懐っこい笑顔で優しく話しかけていただき、第一印象は直ぐにガラリと変わったのを覚えています。

そんな孫さんとの初めの思い出はアマチュアでのデビュー戦。

自分は7戦アマチュアで試合をしているのですが(ほとんどが新人ばかりのオープン戦など)、アマチュアのデビュー戦では1ラウンド1分くらいでKO負け。

神経が集まる眼球にパンチを受けた影響からか吐き気を催し、会場から救急車で病院へ運ばれました。

特に大きな怪我をしてるわけでもなかったのですが、点滴を打って夜までベッドで経過観察。

その間もずっと孫さんは付き添っていただきました。

翌日にも状態確認の為に孫さんと一緒に病院へ向かい、その帰りにラーメン屋さんへ。

そのラーメンの味なんか忘れてしまったのですが、ボソッと

「こんな状態じゃ味なんかわかんねえな」

と笑いながら孫さんが言っていたのは今でも覚えています。

こんな優しい孫さんも怒る時には般若のように目と眉毛を釣り上げて怒り出します。

以前韓国で片桐先輩を始めジムの3選手が試合の時に帯同させていただき、計量後の夜ごはんをご一緒しました。

孫さん達にはこれで計量後のごはんは終わりと言っておきながら、時間も早くまだ食べ足りなかった為、ホテル近くのお店で選手とサムギョプサルを食べていました。

そこへ孫さん登場。

「お前らサムギョプサルなんか食ってるのか〜」

なんてにこやかに登場し、早くホテル戻れよーなんて言っていたのにホテルへ戻ると大激怒!

同部屋だった自分は深夜までお説教を受けました。

「なんで試合前の選手に脂質高いものなんか食わせてるんだ?」

「あれで終わりって言っただろ?」

一通りお説教の後に

「まあ、計量後だしな」

「好きなもの食いたい気持ちも分かるよ」

優しくフォロー

…と思ったら

「お前何のために韓国まで帯同来てるんだよ!」

怒りに火がついたのか再びお説教。

DV彼氏みたいな飴と鞭が深夜2時頃まで続きました…

これは自分の事でしたが、孫さんを過去1番ブチギレさせたのが川◯選手。

過去に計量オーバー(厳密には違うのか?)をしでかしているので、川◯選手に対して試合前は神経質になるほど体重を気にされていました。

そんな川◯選手が試合3週間前に出稽古へ向かっていた車中でもやはり体重を聞かれたそうです。

「お前今何キロだ?」

「ハイ!残り10kg切ったくらいです!」

この発言で孫さんがブチギレ。

向かう車中はもちろんのこと、着いた出稽古先のジムでも怒りが収まらず、他所様のジム内の空気を凍らせたそうな…

最近になり、この話を孫さんにしたところ

「体重作れなかったら川◯を◯しておれも◯のうかと思ってた」

それほど責任感を感じていたらしいです😅

◯されかけた川◯選手も孫さんを慕っており、オープン時にはお祝いに駆けつけるほど。

ただ怒るだけではなく愛がこもっていたんですね…

さて、そんな愛ある孫さんがジムを離れると聞いたのは試合1週間後。

ジムに来て欲しいと会長から連絡があり、到着すると

「ちょっと上で話そうか」

用件も伝えられないまま2階に呼ばれました。

階段を登り、薄暗い2階練習フロアへ行くと椅子が並べられ会長、孫さんが神妙な面持ちで待たれていました。

「実は…」

と孫さんの独立の話をお聞きしました。

4年ほど前から悩んでいた事。

今回のタイトルマッチは最後の大仕事として臨んでいた事。

来月にはいなくなってしまう事。



「本当にありがとう」

「お前最高だよ」
この時にボソッと言われた言葉ですが、改めて思い返すとこういう事だったのかなと。

その他にも話はあったと思うのですが、あまりの衝撃で耳に入っていなかったです…

その時は孫さんの目標に向かって退職、独立される事が嬉しく、素直に嬉しい気持ちしかありませんでした。

それから少ししてジムへ復帰し、練習を開始しましたが、孫さんがミットを持ってくれることは無くなりました。

まだ最後の会津、日野の2試合が残っていたのと、開業へ向けての準備でバタバタしていたのかもしれませんが、早く自分から離れて欲しいという想いも感じられました。

それでも、以前と変わらずに話したりしていたので、孫さんが居なくなるという実感は全然湧かないまま。

そして、とうとう孫さんのキックボクシングジム「RBムエタイ」オープンの日を迎えました!

オープンにはお花も飾られ、早速体験の方が来たりと順調なスタートを切られたと思います。

孫さんに教わった元選手達、前日に試合を終えたばかりの日野、◯されかけた川◯選手などもお祝いに駆けつけ、孫さんの人望の厚さを改めて感じました。

そんなおめでたい日ですが、夕方練習しにジムへ行ってもどこか物足りない。

いつも居たはずの厳つい顔をした優しい孫さんがジムのどこにも居ないんです。

孫さんが川崎新田ジムから居なくなるという事をようやく実感しました。

これはかなり堪えました…

新しいトレーナーも来ていただいてはいるのですが、どうしても孫さんと比べてしまい、粗探しから入ってしまいます。

孫さんだったらこうなのにな…なんて思ったり。

もちろん練習には変わらずに行っているのですが、今の空気には違和感。

やっぱり自分には孫さんが必要な存在だったんです。

「孫さんジムの経営が厳しくなったらまた川崎新田ジムに戻ってくるのかな…」

なんて邪な考えもよぎったりしました。

でも、これからは別々の道で成功する為にはお互い不要にならなければいけないんですよね。

だからこれからは孫さんにボクシングでお世話になる事はないでしょう。

試合に向けて一緒に積み重ねて行くことも、お互いに言い合う事も、試合後に肩組んで笑う事も、しばらくお互いの顔を見たくなくなる事も全て1月のタイトルマッチで終わりました。

自分には目指す所があり、今はようやくスタートラインに立ったところ。

自分はまだまだこれから。

孫さんも自分の目標に向かって新たなスタートラインに立ったはずです。

選手、トレーナーとはまた違う立場で接することが出来ますし、いつか自分が選手を終えて孫さんのジムも順調に経営が進んだら一緒にラーメン食べた後に美味しいコーヒーでも飲みましょう。

その時には笑いながらこの時の話を出来たらなと思います。

最後になりますが、孫さんのジムをオープンするにあたり、孫さんにお世話になった選手達から協賛を募り、道具を購入、更に余った金額をお祝い金として、贈らせていただきました。

皆さんありがとうございます😊

そして、最後にもう一つ。

孫さんに向けてお祝い、お礼を兼ねた物を準備しています。

もしかしたら孫さんの目にもこの記事が入るかもしれませんが、その中身はまだお楽しみに。

声を掛けた皆さまどうぞご協力よろしくお願いします。

言いたい事は山ほどありますが、全部伝え切れる自信はないので、短く失礼します。





18年間も川崎新田ジムのチーフトレーナーお疲れ様でした。
孫さんは最高のトレーナーです!