夜中に台風18号の影響で、部屋の窓を叩く強い雨風で意識が戻りましたが、
ぐっすり寝る癖を取り戻したいので、目を閉じたままにしていたら寝ていました。
朝起きた時にはもう台風は過ぎたようです。
看護師さんが来て体温を計ったら36度8分でした。
体温は一日の中でも結構変化することを、入院で実感しました。
これまで、36度台ならOK、37度台なら気をつけよう、
38度台なら直ぐ寝る、ぐらいにしか男の僕は考えていなかったのです。
でもネットで調べると、
一日のサイクルでも上下で0.7~1度程度違うということを知りました。
何を今さらと思われる人は多いでしょうが、
僕の健康管理は、多分に気分重視、
熱もなく、気分が良ければOK、というものでした。
でも、50歳を過ぎた頃から、咳が頻繁に出るようになったし、
喉が痛みやすく、風邪もひきやすいようになっていました。
大雑把な言い方ですが、きっと免疫力が弱くなっていたのでしょう。
今回がんが進行していたことは青天の霹靂です。
不幸なことだと言って良いでしょう。
でも、それはこの病院で歯の治療をしていたから解ったことで、
そうでなければがんの発見はもっと後になっていたかもしれないし、
又幸運なことに上顎洞がんに詳しい先生がいて、
普通なら、顔の表面もメスを入れるような手術なのに、
顔にメスを入れずに手術を成功していただきました。
たくさん出血したけれど、先生、看護師さん、スタッフの皆さんのサポート、
それと家族や兄弟、会社の方々の支えと理解をいただいて、
手術後の回復も進んでいます。
僕は多くの幸運に恵まれているのだと思います。
確かに、日本人にとってがんは誰でもかかりうる病気とも言われていますから、
それが自分に来たんだと考えるなら、気分的には楽です。
でもそれだけで良いのだろうか?という考えが頭をもたげます。
手術でへたって、それからサポートを貰って回復に向かう中で、
自分の中にも生きようとする力があることを実感しました。
普段の生活では、外の雑音によってそれらはかき消されていたけれど、
こうやって静かに病室にいると、
体の中の生きようとする力、声なき声がわかります。
退院した後も、この力や声なき声を聞き漏らさないようにしたいと思います。
そのためには、定期的にチェックしていることの意味をもっと理解し、
自分でそれができるようにしようと思います。
がんを再発させたくはありません。
自分の生きる力とがん発症の相関性がどの程度のことかはわからないけれど、
その力が最大限発揮しがんにならないようにしたいと思います。

手術した後の状況を書きます。
まず昨日一日鎮痛薬を 飲むのをやめて、
それで痛みで夜中に目を覚ますこともありませんでした。
顔左側は、平手でバシッと強く殴られたような痛みは残っていますが、
薬を飲まなくても大丈夫です。
口内で血の気を感じなくなりました。
歯磨きで切ったところに歯ブラシが当たると、血がにじむ程度です。
鼻をかむと、昨日までは血が滲んでいましたが、今日はそれもほぼ無くなってきました。
顔を指で触れると、感度は鈍いですが、
それでも先週より少しづつ感覚を取り戻しつつあります。
顔の腫れは、タンポンプロテーゼを外して鏡を見ると、
左右の差はほとんど感じられないほどになっています。
タンポンプロテーゼに慣れてきたのはいいのですが、
慣れによる弊害も出てきました。
タンポンプロテーゼを上顎の空いたところにギュッと詰めると、
それはそれで左頬が圧迫感で満たされます。
タンポンプロテーゼを抜いてしまうと、声がふがふがになってまともに喋ることも出来ません。
そこで、声が出せて、それでいて圧迫感を最小にした位置にタンポンプロテーゼをキープします。
ところが、慣れたせいで、この状態のまま食事をしてしまいました。
すると、隙間から食べたものが、空洞にどんどん入って行くではありませんか。
そのおかげで、何時もの歯磨きに加えて、
うがいなどによって空洞から食べ残しを取り除く作業で30分も費やしてしまいました。
手術によって口と鼻が繋がっているので、
うがいによって鼻から水が滴るおまけも付きました。

午後担当先生の回診がありました。
「傷口は綺麗に回復していますよ」と言っていただきました。
先週金曜日に薦められた放射線治療をお願いしました。
治療は、1回2グレイを25回行います。
1回は半日あれば済むので、5週の通院で治療します。
詳しくは放射線科の先生の診断を受けて決定するそうです。
治療開始時期は、術後1ヶ月以内だそうです。
別に主治医先生に教えて貰いましたが、
放射線治療の副作用(口内炎とか)は人によって違うようで、
ただ重い人になると、治療の後半で入院を希望する人もいるそうです。
今朝は、手術後初めて、看護師さんに声をかけられて目覚めました。
昨晩11時過ぎに寝て、6時過ぎに目覚めたので、6時間は寝たことになります。
夢見はあまり良くなくて、まだまだ穏やかな精神状態ではないのでしょうが、
それでもかなり普段に近づいてきたようです。

看護師さんの指示で体重を計ると、72.7kgでした。
クフっと嬉しくなります。
結局、手術前に多めにカロリーを取ったことが好影響して、
手術時の出血でも輸血をする必要がないことにつながり、
その後のカロリーセーブで体重も元に戻ったことになります。
これからは食事を取った上で間食もいけそうです。
間食大好き人間にとって、この上なく嬉しい。

手術後の切った後も順調に回復しています。
口の中に血が出ることはほとんどありませんが、
何故か手術と関係ない右側の鼻をかむと、少し血が混じります。
シャワーを浴びて体を見ると、黄色味を帯びていた首から上も、
その下の肌色と余り違いがわからなくなっています。
だいぶ元気を取り戻したので、今日から少し歩くことにしました。
病院内ですから、全くたいした距離じゃないんだけど、あ、あしが、足がつりました。
はあ、動かなかったことによる退化を取り戻さなければなりません。

会社の同僚が二人お見舞いに来てくれました。
日曜日なのに、申し訳ないです。
手術とそれ以降の経過について説明し、
放射線治療をするとまた暫く迷惑をかけるかもしれないことを話しました。
お二人が部屋に入ってしばらくすると、
「とても快適な部屋ですね、ホテルより快適じゃないですか。
それにセキュリティ機能があって、受付を通さないと病室に入れないなんて、初めてですよ」と言われました。
確かに、部屋も一人でいるにしては十分余裕はあるし、
洗面台も、トイレも、シャワーもとても近い。
又隣室や廊下の音も聞こえにくいので、ストレスを感じることもなく快適です。
病院が出来て4年ですから綺麗です。
病室は8階にあって、窓から見える景色は、
観光名所のマリンタワーや神戸港、観覧車や三宮のビル街、
そして其の奥には六甲山系も見渡せます。
それに看護師さんも先生も、フレンドリーで良いスキンシップを感じます。
生活環境が良ければ時間の経過とともに病気は治りやすく、
快適な住空間が治癒を促し、
良好なフレンドシップが心身の健康状態に良い影響をもたらすそうですから、
この病院はそういう環境をきちんと整えた病院と言えます。
そういう病院で手術と治療を受けているのですから、
僕はラッキーな男です。

長女が持ってきてくれた『あたしんち』13,14巻のうち、夜に13巻を楽しみました。
日常にあるオバちゃんパワーにクスッと笑いました。
57歳のオッさんが、其の手の漫画を読むのかと言われそうですが、
僕は50歳を過ぎた頃からおばちゃん化している自覚があるので、問題ありません。
でもどうせなら、健康回復の為にはもっとお腹から笑える漫画がいいです。
今の時代、LINEというとても便利なネットワークがあるので、
病院のように静かさが求められる環境でも家族にお願いできます。
何回かやりとりがあって、『コジコジ』になりました。
兄夫妻二組が、わざわざ金沢から見舞いに来てくれました。
僕の回復振りが、思っていたよりも良かったみたいです。
妻を含め六人揃ったところで、
手術からの簡単な経過と、それから昨日担当先生に薦められた放射線治療について、
今わかる知識に基づき僕の考えを説明し、基本的に了解して貰いました。
その後、それぞれの過去の病気の話などで盛り上がり?3時間ほど話をしました。
3時過ぎに兄弟夫婦は金沢に帰って行きました。
金沢と神戸を車で日帰りすることは体にもきついことで、本当に感謝しています。
お土産に貰った森八のモナカと加賀棒茶をいただき、ほっくりです。
その後、娘たちも見舞いに来てくれて、今日は久しぶりに複数の人と時間を過ごし、
午後があっという間に終わりました。

顎が開きにくくなっているのを矯正する訓練をしています。
上顎の裏の脂肪を削ると、其の自然治癒に応じて筋肉も萎縮するらしく、
其の為に顎が開きにくくなります。
それを矯正する為に、出来るだけ自分で大きな口を開ける訓練を行い、
出来るだけ自然な顎の開閉を取り戻そうというものです。
それと並行して、スマイルフェースのトレーニングも開始しました。
顔の左側の腫れも少し引いて来たけど、
まだ顔面の神経は鈍感で放っておくと口角が下がってしまいます。
左の口角をぐっと上げて、左右の口角が綺麗に並ぶようにする為の訓練です。
この二つの訓練を始めたら、
取り付けていたタンポンプロテーゼがはめ込んであったところから口の中に、
ポロっと落ちて来ました。
訓練の邪魔になるので、そのまま口の外に取り出しました。
そういうことを何回か繰り返したので、
タンポンプロテーゼは自分で着脱できるようになりました。
それと、家族4人で居た時にくしゃみをしたら、
このテフローゼが口の外に飛び出しました。
「入れ歯が飛び出すみたいだ」と言うと、みんなが笑いました。