がん摘出手術の入院中に考えたことの一つに、
自分の体質を改善することを決意し、3つのことを実行しようと決意しました。
体質改善は主に免疫力アップに関わります。
一つは、腸の温度を上げるために腹巻を常時着用すること。
それから、喉を傷めないようにそしてばい菌が体内に入らないように、
常に鼻呼吸をすること。
そして、栄養バランスも含め体調を日々記録につけ、意識を持つことです。
腹巻を着用して体温が少し上がりました。
夜の10時を基本に体温を計測していますが、38.6度から38.9度をキープしています。
腸の温度も上がっているのではないかと思っています。
冷たいものの摂取を控えることが大事と本に書いてありますが、
入歯、つまりプロテーゼを付けているので食事に水分が必要です。
外食では、氷入りでウォーターを提供するお店が多く、
なかなか本の通りにはいきません。
腹巻着用は本に書かれていませんが、
腹巻を常用着用している人は腹巻がないとお腹が下ると聞いたことがあるので、
逆に腹巻をすれば腸の温度が上がるのではないかと考えました。
腹巻で胴回りは太くなりますが、
入院で痩せて細くなった分と相殺されてズボンサイズも変わりません。
鼻呼吸にするために、口に粘着力の弱い絆創膏を貼って寝ています。
鼻ずまりになってしんどい時もありますが、なんとか継続しています。
日々の記録は、栄養バランスと体調チェックを付けています。
栄養バランスアプリに三度三度と間食で何を食べたかを入力すると、
栄養バランスやカロリー摂取状況がわかります。
特に放射線治療と抗がん剤投与を併用している今の時期は、
カロリー摂取量が落ちないことが大事です。
夕食が終わって摂取量が足りない時は、
ヨーグルト等を追加で食べるようにしています。
体調チェックは体重と体脂肪率やBMI、
それに病院で定期点検していた
体温、血圧、脈拍と血中酸素濃度を計測しています。
これらのために、新しく体重計、体温計、血圧計とオキシメーターを買いました。
放射線治療と抗ガン剤治療が始まって一週間が経過し顔の左側が腫れてきました。
症状は手術を行った一週間後程度でしょうか?
痺れが、左目の下から左の鼻穴まで広がり、
時々ちくっと刺されるような痛みがあります。
木曜日にその症状を放射線治療の先生に伝えましたが、
「そんなこともありますかね。でもそれがもっと悪化することはないでしょう」と
さらりと言われました。
先生それぞれに個性があります。説明の仕方も違います。
予想される副作用をきっちり説明して患者に認識させて、
それを意識して治療生活を送るように促す先生。
患者が心配で落ち込まないようにネガティブなことは最小限の説明にとどめ、
むしろ励ますことに傾斜する先生。
大事な治療を患者にやりきってもらう思いは同じでも、
患者へのアプローチにはそれぞれの先生の個性が現れるようです。
放射線治療の先生は多分後者でしょう。
ただその時は正直言うと、"もう少し寄り添ってくれてもいいんでないの"という気分になりました。

今日土曜日は、左側の耳が少しふさがったような感じで、少し聞きずらい感じがします。
でも心配していた抗ガン剤の大きな副作用はまだ出ていません。
でも治療前より口が開きづらくなったように思います。
それと味の嗜好が変わって来たというか、少年時代に戻ったかのように感じます。
十代後半から約40年間毎日飲み続けて、時には日に4から5杯も飲んできたコーヒー。
そのコーヒーが、今は飲まなくてもどうってことありません。
そしてコーヒーよりも紅茶の方が美味しく感じます。
僕はお酒を飲みます。それもとりあえずビール、派でした。
グビグビっと飲んでビールが喉を通過するときの爽快感は最高です。
でも、鼻腔と口腔が通じてしまった今は、グビグビと飲むことはできなくなりました。
今はお酒は避けているのでノンアルコールビールを飲んでいますが、
あまり進みません。
それよりも甘みのあるノンアルコールカクテルの方が美味しい。
白いごはんの美味しさがわからなくなっています。
プロテーゼという入れ歯で口の中の上側の半分ほどが覆われているので、
お米の弾力性を感じることができません。
そうすると、ごはんの旨みや甘みが半減するようです。
白いご飯をそのまま食べるよりも、
梅干しとか海苔の佃煮とかで味付けしたい。
これまで食材の本来の美味しさをきちんと引き出してくれる料理を愛してきました。
でもその本来の味わいというを感じる力が弱まったようです。
それって、言葉にしてしまったら、哀しいことです。
でもそんなことを一つ一つ上げていたら、きっとキリがないでしょう。
多分失ったものの数を数えて悲しい気持ちになるだけでしょう。
大事なことは食べることです。
ご飯を、ノンアルコールカクテルであれカルピスであれ一緒にしてでも、
食べるということです。
おかずを食べるということです。

がんになってからというもの、今までとは違うアンテナが出てきたことは、
前回のブログで書きました。
今回は、村上春樹氏の『海辺のカフカ』のこんな文章に、僕は同通しました。
「ある場合には運命っていうのは、絶え間なく進行方向を変える局地的な砂嵐に似ている。
君はそれを避けようと足取りを変える。
そうすると、嵐も君に合わせるように足取りを変える。君はもう一度足取りを変える。
すると嵐もまた同じように足どりを変える。
何度でも何度でも、まるで夜明け前に死神と踊る不吉なダンスみたいに、それが繰り返される。
なぜかといえば、その嵐はどこか遠くからやってきた無関係な何かじゃないからだ。
そいつはつまり、君自身のことなんだ。君の中にある何かなんだ。
だから君にできることと言えば、諦めてその嵐の中にまっすぐ足を踏み入れ、
砂が入らないように目と耳をしっかりふさぎ、一歩一歩通り抜けて行くことだけだ。
そこにはおそらく太陽もなく、月もなく、方向もなく、ある場合にはまっとうな時間さえない。
そこには骨を砕いたような白い細かい砂が空高く舞っているだけだ。
そういう砂嵐を想像するんだ。
------
そしてもちろん、君は実際にそいつをくぐり抜けることになる。その激しい砂嵐を。
------
君は両手にその血を受けるだろう。それは君の血であり、他の人たちの血でもある。
------
その嵐から出てきた君は、そこに足を踏み入れた時の君じゃないってことだ。
そう、それが砂嵐の意味なんだ。
------
君はこれから世界でいちばんタフな15歳の少年にならなくちゃいけないんだ。
なにがあろうとさ。そうする以外に君がこの世界を生きのびていく道はないんだからね。
そしてそのためには、ほんとうにタフであるというのがどういうことなのか、
君は自分で理解しなくちゃならない。わかった?」(カラスの発言『海辺のカフカ』)

がんは僕の体の中に僕自身が作り出したものだから、どこか他所の場所から来たものじゃない。
そしてこれからずっと僕の周りを、局地的に、砂嵐のようにまとわりつくだろう。
それでも僕は前に向かって進まなきゃいけない。
頬が痺れるとか、耳が聞こえにくいとか、
食べ物が食べにくいとか、それまで美味しかったモノが美味しくなくなったとか、
愚痴を言いたい気分になることもある。
それは目の中に砂が入って涙が出るようなものだろう。
でもそこに留まっていたら前に進めなくなる。
そういう感情が起こることは否定はできないけれど、
でもそれに引きずられずにいることが大切だ。
この文章に出会って、そんなふうに心の整理ができました。
でも、世界で一番タフな57歳のオヤジにはなれません。
人間57年も生きてしまうと、
喜怒哀楽という言葉では済まされない色んな感情が自分の中に蓄積されています。
憎しみや嫉妬心、逆に憐憫だって蓄積されています。
感情の蓄積によって、テレビドラマを見て、
他の人が泣かない場面で一人涙する自分がいると思っています。
僕は女々しいオジンなんです。タフにはなれません。
でも妻や家族がいるということが僕にとってはタフさよりも支えになるように思います。
今日から通院治療がスタートです。
退院時点では放射線治療だけの予定でしたが、それに抗がん剤投与が加わりました。
理由は手術で取った細胞を調べたところ、
がんができているところから離れたところにもがん細胞が見つかったのです。
担当先生の説明では、顎の裏側の骨を抜き出た脂肪部分と少し離れた翼突筋のところにも
がん細胞があったそうです。
それは、CT、MRIそれにPET検査でもわからず手術でもわからなかったもので、
細胞の精検査で判ったものでした。
それで、がんが再生するリスクを抑えるため治療方針を変更し、
放射線量を50Grから60Grに増やし、併せて抗がん剤を投与することに方針変更するということです。
先週先生から電話で概要を聞いた時には、
「転移の可能性が増えたということですか?」と瞬間的に聞きましたが、
「そうではなくて、再生リスクを抑えるためです」と言われました。
正直に言えば、抗がん剤を飲むということで動揺しました。
電話で聞いただけでは理解が不十分なので、わからないことに対する不安の感情が、
抗がん剤治療に対する不安に拍車をかけます。
それに、放射線治療を乗り越えればとりあえず治療は終われると思っていたところに、
自分としては予期していなかった抗がん剤治療が加わったことによる動揺があります。
28日はそういう不安を心に持ちながら、妻と受診しました。
担当先生の説明はわかりやすく、
がんの再発を抑えるためには抗がん剤治療を併用した方が良いこと、
但し人によっては幾つかの副作用が出ること、
副作用が強い場合は投与を止めるので状況を隠さず相談すること、
投与期間はとりあえず放射線治療の期間にすること、
抗がん剤治療選択の判断は僕にあること、
を告げられた。
僕は横にいた妻にも目で確認し抗がん剤治療をお願いしました。
担当先生は、副作用についてかなりネガティブに指摘したけれど、
僕の方は放射線治療と抗がん剤治療をなんとか乗り切ることに気持ちが集中出来たので、
むしろ心が散りじりになるような不安や心配は減りました。
それというのも、担当先生を信頼しているからだと思います。
放射線治療と抗がん剤治療の間は、四人の先生の診察を受けます。
頭頸外科の担当先生、耳鼻咽喉科の主治医先生、
放射線治療科の先生、それに口腔外科の先生です。
それが副作用の説明の温度感がそれぞれ違っているのです。
担当先生が一番悲観的、次に口腔外科の先生、次に主治医先生、最後は放射線治療科の先生です。
僕としては楽観的な見方に組みした方が性格的には合っているのですが、
治療経験が多い先生ほど悲観的説明をする傾向が見られるので、
やはり厳しい副作用を想定した上で、
少しでも副作用が出ないような努力をするしかありません。

治療開始日の朝、抗がん剤を2錠と吐き気止め薬1錠を飲んでから病院に行き、
放射線治療を受けました。
夜に又抗がん剤を2錠と吐き気止め薬1錠を飲んで、1日目が終わりました。
初日は何事もなく終えました。