お盆が近いせいなのか、TVのバラエティ番組で、
お墓に関する街角アンケートを、妙齢のご婦人を対象にやっていた。
アンケートのテーマは、「貴方が死んだら、ご主人と同じお墓に
入りますか?それとも別のお墓に入りますか?」だった。
同じ墓に入ると答える人、別の墓を望む人、その比率は、
よく覚えていないけれど、まずまず五分五分だったと思う。
別のお墓を望む理由は、死んでまで一緒に暮らしたくない、
夫と一緒は生きている時だけで十分、がほとんどだった。
世間で漏れ聞こえる夫婦の仲から類推すると、
だいたいこういうことになるんだろうなと納得して、テレビを消した。
でもテレビを消した後でも、興味が続いた。
何に興味があったかというと、こういうことだ。
「アンケートに答えた人の中には無神論の人もいるだろうに、
お墓に入ることは当然のことと思っているのかなあ?」
「みんなお墓に入ることを、夫と一緒は嫌だとか、
生きている今の延長線上にあることのように考えているけれど、
(納得してしまった僕もその一人だけど)
お墓とはそういうものなのか?」

お墓とは、本来、何?
お墓は、もちろん、死人が葬られている場所をさす。
であるなら、お墓を考える前に、死人を葬るという行為について、考える必要がある。
約1万年ぐらい前には、
ーある特定の場所に人骨が集合して綺麗に並べられていることからー、
その頃には死人は埋葬されていたと推定されている。
その頃に墓はあったかどうかわからないが、
人類は大昔から、埋葬という行為を行っていたことになる。
死人を葬る霊長類は、人類以外にいない。
例えば猿は、死んだ小猿を母猿が手放さず、
ずっと抱えている姿が時々紹介されるように、死人を埋葬などしない。
ところが人類は、死人と一緒に生活していると何らかの「不都合」を、感じた。
そういうと現代人は、衛生のために埋葬したと主張する人がいるかもしれないが、
1万年前の世界は家も電気もない世界、生き物の死骸も糞も混在している世界、
医学的配慮もなく、当然衛生という概念も無い世界だ。
衛生的配慮で埋葬したとは、とても考えられない。
だから現代人が考えるような衛生的理由ではない別の理由で、
死人を自分たちの世界と切り離すために、
自分たちが死人を見えないところに置くために、埋葬した。
何故死人を埋葬するのか、逆説的に聞こえるかもしれないが、
「死人は埋葬することで死者になった」となるのではないか。
「死人と一緒に生活していると何らかの不都合」とは、
埋葬された死者のお腹に、大きな石が載せられている白骨遺体が
沢山発見されていること(それは死者が土中から復活できないようにしたためと
考えられている)も考慮すると、
死人の魂魄であり、息遣いであり、切迫であったと思われる。
生きている人々の中に死人がいたのでは、
死人の魂魄や息遣いによって切迫され、
生活がままならない方向に歪んでしまうために、
死人を埋葬し死者としたのだ。

死人を埋葬しただけでは、墓はできない。
墓であれ、塚であれ、古墳であれ、これらに共通することは、標である。
埋葬した場所を明らかにしておくために墓ができた、となる。
死人を自分たちと切り離すだけなら、埋葬で十分のはずだ。
ところが、それではまだ「不都合」だったから、
どこに埋葬したかわかるように、標をつけた。
標の理由はそこに訪れるため、以外には考えられない。
お宝を土の中に隠したら、後でそこがわかるように子供でもそこに標をつけるように、だ。
人類は、再び死者のところを訪れるために、標を残した。
それが墓の起源と考えられる。
死者に「何か」があると感じたからだ。
死者は生きている人たちと離されるけれど、
何かが残ると感じていた。
その何かを感じとるために、
時々死者の処にいかないと不都合があり、
その不都合を取り除くために、
死者の場所を訪れるために墓を作った。
死者の祟りを恐れ、死者に護られていると感じること、
そして死者と生者は墓の場所で魂のコミュニケートを行った。
このコミュニケートが鎮魂である。
そして死者は生者と分けられながらも、
時々同一の場所に集合するということは、
別々にいながらも「同時に生きている」という共生の感性を生んでいった。
これらの感性は、これを霊性と言って良いと思うが、
葬礼と、死者の魂を安らげる鎮魂の儀礼を作るようになり、
文化を形成し、宗教が生まれ、文明を築いてきた、と言えないだろうか。
生まれ育った場所の習慣等によって、お墓の扱いは変わっているだろうが、
過去から変わらず現代でも、お墓は死者の魂を感じる場所だ。
生きている我々が、人類誕生以来脈々と受け継いできた霊性を、
再びその感度を取り戻し、邪悪な思いを抑え、
そして儀礼を通して、安らかに生きていくことを再確認する場所、
それがお墓だ。

人類は死人を死者として分かつことで、
他の霊長類と決定的に別の道を歩んできた。
一方で、人類は同類を殺すという行為を平気で行う。
他の霊長類では、遺伝的優勢を確保する以外には、同類を殺さない。
殺すという行為はほとんど人類にしか適用されず、
殺すことも人類と他の霊長類を分けている。
しかも殺す理由は、無分別なほど多様であるために、
殺人が際限無く行われる危険性をはらんでいる。
つまり、殺人を行う人類は、とても邪悪な霊長類だ。
その邪悪な人類が、途中に滅びることも無く今日まで生きてこれたのは、
ー戦争を際限無く繰り返しそれでも滅亡せずにこれたのはー、
殺人を邪悪な行為であるという「抑制する思い」の方が強かったから、
と考えられるのではないか。
他者とコミュニケートし、折り合おうとする意思が、
邪悪な思いよりも強かったから、
人類は生き延びてきたと言えるのではないか。
このコミュニケートと折りあいの原点が、
鎮魂であり共生ではないだろうか。
この考えのオリジナルは、レヴィナス氏にある。
僕はレヴィナス氏の考えを十分汲み取れておらず、
もしかしたら歪曲させている可能性は否定できないけれども、
(特にお墓のところは、そう)
僕自身の思いも加えるとこういう展開になる。

宗教が巷間に語られない時代、になった。
あの世があるのかないのか、
無神論が正しいのかそうではないのか、
議論は錯綜し、とても一つの答えになりそうもない。
でも、お墓を題材にして人類の歴史を遡ってみれば、
霊性が人類が他の霊長類と分かつものだ。
現代は科学万能時代だけれど、
人類の歴史において、現代は一瞬のひらめきにすぎない。
たった一瞬のひらめきをすべてであると考えて、
人類が人類たらしめてきた霊性を、
迷信であるとあざ笑うことは、できないのではないか。
そういう思いを持って、お墓参りをしよう。
だから今回墓前では、今まで以上に死者との対話を試みた。
僕もいずれ死んだら、生者と別の場所に分けられる必要がある。
それはどこが良いのか、少し考えて行こうと思う。
そして、妻も同じように考えてもらうようにしよう。
その時には、今の延長戦で考えるのではなくて、
死んだ後に生きて残る人たちとどういう霊的関わりをするのかを中心に、
考えることになるだろう。
人の個性は変わるもの、と僕は思っている。
むしろ信じている、と言っても良いほどだ。
そうすると、個性は変わると信じていることそのものが君の個性ではないか、
と突っ込まれるのかもしれない。
個性はそれを語る人の見方が変われば、意見も変わる。
人が個性を語ると、百人百様の意見が出てくるのではないか。
例えば、自我(エゴ)と個性は違う、
このたった一行においても、いや個性とは自我のことだ、
と主張する人もいるだろう(西洋人はこの意見に近い)。
でも、個性と自我は違うものだし、
これを前提におかないと日本人作家(特に夏目漱石)が書いた幾つかの名作は理解できない。
僕が自分の個性をはっきりと意識したのは、10代の最後の方だったと思う。
それ以前、一般に思春期と言われる時期には、
周りの人と自分と性格は違うのだけれども、
だからと言って他者と自分とを分離して(デタッチして)考えるような
思考作業はやったことはないし、
やってみようとも思わなかった。
個性が大事だなんて考える糸口もなかった。
僕が小学生だった頃は、「人の迷惑にならないようにしなさい」と先生から、
特にみんなが講堂に集まって校長先生が言っていたように思う。
"個性はむしろ強く発揮すると他者の迷惑になる"とは明言しないけれども、
そういう文脈を持った指導を受けていたと思う。
でも聞くところによると、最近は小学生の頃から
「個性を大事にしましょう」と教わるらしい。
冒頭で言ったように、個性を語ることはとても難しいこと。
その難しいことを、さも自分の両手の手のひらで個性を包み込み
守るような言い方をされ続けると、
子どもたちは一種洗脳されたように、
自分の個性を簡単に把握し、そしてその個性を他者とは違う唯一無二のものとして、
自分の個性を発展させる意欲は失われるかもしれないし、
そのように扱われることを他者に求めてしまう
ようになって行くのではないかと危惧する。
僕の少年時代は良かった、と言っているのではない。
個性はおろか自我すら不安定で確立していない時期では、
不安定な個性を一括して尊重され不可侵であるような扱いは行きすぎているように思う。

先日母から一冊のノートを受け取った。
装丁がしっかりした、長い時間が流れても破れないようなB5サイズの赤色のノートは、
実は僕が思春期の入り口に立った頃にはじめて書いた日記だった。
そんなものがどうして母の手元にあったのかわからない。
これは僕の大事な記録だからと言って、母はそれを僕に渡した。
日誌を開くと頭のページに、これから日誌を書く、ということを宣言している。
きっと年が改まって「何かやらねば」とでも思ったのだろう。
そして最初の日記の一、二行を読むと、
僕は、気恥ずかしさと少しばかりの愛おしさと、
そしてその未熟さとがく然さを、一度に感じて頭がくらっときた。
僕はノートをバタッと閉じて、息をはいた。
そして呼吸を整えて、再びノートを開いてパラパラパラパラとノートをめくった。
結構びっしり書いてある。
とにかく、覚悟を決めて一日分を読んだ。
それだけでお腹いっぱいで(それは紛れもなく僕が書いたものだと認知しているから
起こることだろうけれど)、二日目に読み進めずノートを閉じた。
こんなことが書いてあった。
(オリジナルには句読点が少ないが、そのままでは読みにくいので
(、)を加えた)
ーーーー
1月6日
朝9時起床(、)母に頼まれ洗濯をする。
昼食には豚のべふてきを食べた(。)めったにないことである。
それから後はテレビを見たりしていたが(、)兄きが東京に帰ることになった。
すると兄きが「東京に帰る(。)元気でな」と言った。
普だんはそんなことは言わないので(、)びっくりして返すことばがわからなくなった。
夜になってから(、)原田対フェメションのタイトルマッチを観に(、)近くのおばさんの家に行った。
僕の家のテレビは(、)UHFがつかないのである。
僕とてもスポーツが好きで(、)と言っても見る方が好きなんだけれども(、)テレビを見た時はどうゆうわけか体がきんちょうしていた。
テレビを見るだけでこれほどになるとは(、)よっぽど好きなんだなと自分でも感心した。
それで原田が負けた時には(、)とてもくやしかった。
自分に根性があるならと(、)とてもくやしかった。
夜10時半に寝た。
ーーー
ご丁寧なことに、万年筆で書いている。
装丁のいいノートといい、万年筆書きといい、
思春期入り口の僕は、この日誌が長く残るものと想定していたようだ。
でも長く保存しておけば誰かに読まれるかもしれない、
ということに考慮が及んでいない。
というか、もしかして読まれても構わないぐらいの少年の豪胆さがあったのかもしれない。
(間違いなく母は読んでいるし、母は僕にノートを渡す前に
僕の妻と娘に見せている。はあー)
句読点の使い方の配慮はないし、漢字を確認することもなく平気でひらがなで書いている。
思ったことをとにかく書き留めておくことにしか頭が回らず、
誤字もあるし、
書いていることが何ともバラバラだし、
何が言いたいのかわからない文章が多い。
でも思春期の入り口に立つ僕は、いろんなことを感じていたのだろうと思う。
そして、書くことでそれを整理しながら自分と対話するスタイルは、
この思春期の入り口からスタートしたようだ。

10代の最後の方から20代の僕は自分の個性を意識するようになった、
と書いたが、今思うにそれは父親の死がきっかけだった。
ある種の欠落感、それとそれまでは親を頼りにしていた生活から、
そうはいかなくなったという意識がめばえたからだろう。
(実生活においては、父が亡くなった後も僕は家族に護られた)
それは一般的に言われるように、
自分と他者をデタッチすることでもあったけれど、
僕自身を周りの人たちからデタッチすることの方に、
より多くのエネルギーを使っていた。
その頃の僕は、僕の心の中で勝手に湧いてくる思いがとてもろくでもないので、
そんなろくでもない人間だと、他者に悟られることを極度に恐れていた。
人に接することは嫌いじゃないのに、僕は僕のことを聞きたがる人を避けた。
時には聞かれる前に言ってしまおうと前のめりになって、
一気に自分のことをしゃべりまくることもあった。
僕は格好気にしい、見栄気にしい、自意識過剰だった。
でも結婚して、僕の揺れ動く心のデタッチ性は少しずつ、
少しずつ収まっていった。
結婚して、「僕たち」という意識が、
それはコミットメントに属する意識だけれど、
僕にもたらされたということももちろんある。
でもそれ以上に、
妻と一緒にいることで心が癒されたし、
僕から出てくる方向性がわからない情動を妻が受け止めてくれたこと、
(僕自身もその方向性がわかっていないことがほとんどだったが)
邪魔も妨害もしなかったことが、
何よりも大きかった。
(妻は僕の不思議な言動を楽しいと、
もしかしたら気を使って言ってくれているのかもしれないが、言ってくれた)
結婚して妻との生活を始めた以降は、人と接していても
以前のように自分の心の内をチェックするようなことは減っていったし、
自分の内と外に気がふらつくことがなくなり、安定していった。
イライラする回数は減り、生きていることが楽しめるようになった。

現在の僕という個性は、僕自身が一人で作り上げたものではない。
妻や家族や周りの人たちの助けによって(それらは助けという形をしていない)、
形成されているし、これからも変化して行くと思う。
だから周りの人々に感謝しているし、
特に妻には計り知れないほど感謝している。
もしも思春期の入り口に立った僕が、
僕のその頃の個性(個性と言えるものではないが)を大切にしなければと固執していたら、
今の僕とは違う人間になっていたはずだ。
拙い日記を書き始めた少年は、
多くの人達と出会い幾つかの環境を経験し、
いろんな考え方に共感し受け入れてきたことで、
そしてデタッチメントとコミットメントとを、
波の繰り返しのように心持ちが変遷することで、
今の自分になっている。
人は不完全なものだが、不完全さこそが個性の発露になる。
それは自分の欠落を把握することでもある。
(欠落の多くは、自分では埋めきれないと諦め悟るしかなかった)
筋肉の凝りのようになっている心の凝りを、ほぐして正常に動くようにすることでもある。
(それは、心の病が癒されること)
見えていなかった自分の心の暗部に、小さな照明の光が当たることでもある。
(そこに宝石があるかもしれないと思って光を当てたら、
全て河原の石だった。でもその石たりは少しずつ形が違っていた)
人を88の鍵盤を持つピアノだとするならば、
自分はどの音が鳴らないのかを知ること、
鍵盤から出る音量と響きを整えていくこと、
スタインウェイでもヤマハでなくても、
まともな音が出るように、
出ない音があっても構わないメロディと和音を発見することだ。
あの日記を書き始めた少年が今の僕を見たならば、
何だ自分はこんなつまらない人間だったのか、とがっかりすると思う。
中身がないじゃないか、と嘆息するだろう。
でも今の僕は、逆にこのまま行こうという確信が持てつつある。
その理由は、個性と言われるものは個性の主体ではなくて、
むしろ自分から発せられるスタイルであるといった方が実態に近いし、
個性を語るにはその人の生きた軌跡がなければ語ることはできない、
と思うようになったからだ。
それに、何よりも今の僕の方が人生を楽しめている。
僕のスタイルはこれからも変わる。
それを信じて生きて行くことが、
今まで支えてくれた人達と少年に報いることになると思う。





アメリカ政府が新しい駐日大使に、
故ケネディ大統領の長女(こういう前置きは当分続くと思う)の、
キャロライン・ケネディ女史の起用を発表した。
このニュースはあっという間に、過去のどの駐日大使発表よりも速く、
日本国内に広まった。
そして、多分、アメリカ国内でも驚きをもって広がったと思う。
このニュースについて、日本のマスコミのコメントは、
日本重視の表れと、アメリカの大使として女性起用は始めてであり
大使としての手腕は未知数、それとオバマ再選に協力した論功だろう、に集約される。
マスコミは事実記載を最重要使命として記事を書いていると言うかもしれないが、
それが結局は表面しか捉えていない記事しか書けず、
推測は論功だとかなんとか、金とかが絡む下世話な推測しか書けず、
そういう定型化にマスコミ自身が縛られている。
例えば、大使の手腕は未知数という下りは、
書いている本人は気づいていないかもしれないが、
(過去の歴代大使も大使職は始めての人は何人もいたが、こういう指摘は無い)
女性に何ができるのか?、という意識がある。
今回のような「目玉人事」を行う時は、
アメリカ政府としても女史の外交能力に疑問を呈されるような事態に陥らないように、
女史の周りにとても優秀なスタッフを配し、そしてワシントンが強いサポートをするだろう。
それは日本の小泉内閣が田中眞紀子を外務大臣に任命しておきながら、
もちろん本人の資質に一番問題があったのだが、
政府も外務官僚も何のサポートをしなかった日本のやり方と違うところだ。
世界は今大きく動いていて、
そのことはマスコミも肌身感覚としては解っているのだが、
でも言説としてアウトプットすると
途端に過去と同じロジックの定型に頼る以外の方法を持たない。
自分は、そういう定型を持っていないし下世話に疎いので、
キャロライン・ケネディ女史の大使起用をもう少し動的に考えてみたい。

キャロライン・ケネディ女史の属性はすごい。
まず、ジョン・F・ケネディの長女であること。
ケネディ家そのものが裸一貫の移民から身を起こしお金持ちになり、
代を重ねることで名家と言われるまでになった。
ケネディ家は人も羨むほどのアメリカン・ドリームの象徴だ。
ケネディ大統領は若くて大統領になった。
それは国家設立200年の若きアメリカが世界の覇者になったことと、イメージが重なる。
そしてケネディ大統領時代は、キューバ危機に集約できるように
米ソが激しく火花を散らした時代だった。
又宇宙開発を加速させたように、それはソビエトに勝つという気分はあったが、
宇宙や月という未開の場所を開拓するフロンティア精神の発露だった。
ケネディ大統領は、アメリカのアメリカたる国家の意思、を貫いた人だ。
それはジ・アメリカと言って過言ではない。
そしてキャロライン女史自身をみればわかるように、
美人で、それに教養が感じられる超セレブだ。
一個人をイコンとして記載させてもらうと、
キャロライン・ケネディ女史は、
アメリカン・ドリームの象徴、ジ・アメリカンの象徴、セレブの象徴を併せ持った人となる。
これだけの象徴性を併せ持った人は他にいないだろう。
当然オバマ大統領もアメリカ政府も、この象徴性をわかった上での起用である。
日本のみならずアメリカのマスコミも、
それに日米以外の(全部ではないだろうけれど)諸外国のマスコミも、
キャロライン・ケネディ女史に注目することは計算に入れている。
そういう駒を駐日大使というポストに打った、アメリカ政府の意図を推測することが重要だ。
日本人はこういう推測が苦手だが、
アメリカは、相手の国民性を理解した上で施策を打つ。
(『菊と刀』という名著があるけれど、
これはもともと日米開戦と終結後の統治に備えてアメリカ情報局が日本人の資質を把握するために
日本人を研究したレポートが元になっている。
そうやって研究したことが戦後のGHQの施策に影響したことは間違いない。
こういう研究はアメリカで今でも続いている、と考える方が合理的だ。)
アメリカ政府は、キャロライン・ケネディ女史を日本並びに日本国民は国を上げて大歓迎で迎えると、
すでに読み切っている。
そしてその大歓迎がアメリカにとってどういう国益をもたらすのかも、考慮している。
その上で、アメリカは日本に対してどういう要求を行いどこで譲歩するのかも、
考えているのではないか。
アメリカの意図を、自分の推測で簡単に書くと、
日本がアメリカに今以上に親しみをだくように仕向けたい、
アメリカ国民も日本に注目させたい(アメリカ議会で起こっている日米同盟不要論を抑え込みたい)、
そして主要な意図ではないと思うが、
デトロイト市破綻が引き金になっていると思われるアメリカン・ドリームに対する失望、
アメリカの国家意思への失望を緩和したい、こともあるかもしれない。
安倍政権はますますアメリカに追従して行くと予想する。
アメリカが望むTPP参加に邁進し、原子力開発を進め、
日本経済を強くするキャッチフレーズの元に
国内のいろんな分野へのアメリカ企業の参入を認め、行政の民営化を進め、
米軍の沖縄駐留を支持し続けるだろう。
そして安倍政権がこの春にのぼせ上がっていた、靖国神社参拝等の国粋主義的な動きは抑制し、
憲法改正の推進はパワーダウンする(何れも夏前にトーンダウンした)、と思われる。

国粋主義的言動と憲法改正のトーンダウンは、
日本の近隣国を配慮してのアメリカの強い要請、と推測する。
尖閣諸島問題で中国と対立し、竹島問題以降韓国とどんどん関係悪化していることを憂慮し、
アメリカは日米同盟に基づいて日本を支持するけれども、
だからと言って日本が必要以上にこの二国を刺激することは許さない、というわけだ。
中国・習近平主席がアメリカに行ってオバマ大統領と首脳会談をした時に、
率直にいうと「日本なんてうっちゃっといて、米中が組んで太平洋を支配しないか」と
オバマ大統領に持ちかけたが、
オバマ大統領は「日本はアメリカの親しいパートナーであり、
中国は尖閣でこれ以上刺激的な行動は慎むべきだ」といった。
アメリカは極東並びに太平洋で今以上に中国のパワーアップを望んでいない。
その戦略上、日本は重要な国であり(沖縄に基地を持つことも)、
今回のキャロライン・ケネディ女史の駐日大使起用は、
ジ・アメリカの意思を示したことになる。
今極東で一番アメリカが手を焼き困惑させている国は、北朝鮮よりも韓国ではないか。
なぜなら、韓国は急速に中国に寄り添っているし、
日本との関係を(外から見ると進んで悪化させようと思っているとしか考えられないほどに)、
悪化させている。
韓国・朴槿恵大統領はオバマ大統領訪問の後、
(アメリカ議会で「日本は慰安婦問題を無視している」と日本を非難し)、
韓国外交慣例では次に日本を訪問するはずのところを、
日本ではなく中国を訪問した。(日本には行く予定もないとのこと)
(日本嫌いはさておき)大統領が中国を訪問したことには訳がある。
それは北朝鮮の核保有に対する強い危機感だ。
今までは北朝鮮に対する抑制をアメリカに求めていたが、
北朝鮮は中国のいうことなら服従するはず、
ならば北朝鮮の抑圧は中国に頼った方が良いと判断した。
そして韓国は軍事的に急速に中国に接近している。
日本・アメリカとの合同演習などは取りやめしているし、
中国国軍の首脳と会談を行っているという。
軍事的にアメリカ依存から離れようとしている。
でも、北朝鮮は中国が核開発を強く非難し抑圧しているにもかかわらず、
それを無視して核開発を進めているのだから、
中国なら北朝鮮を抑圧してくれるという判断は合理性に欠ける、と自分は考える。
朴大統領はさらに中国に、別の大きな依頼を行った。
通貨スワップ援助を中国に申し入れし、内諾を得たらしい。
韓国の通貨スワップについておさらいをしておく。
韓国は十数年以上ほど前にウォン安危機に見舞われ、韓国経済はガタガタになり
IMFの支援に頼らざるを得なくなった。
IMFは支援の見返りに厳しい経済統制を要求し、それを呑まされた韓国は、
塗炭の苦しみを味わって経済を再生させた。
経済を再生させた韓国だが、外貨準備は未だに薄く再び経済が悪化すれば
すぐに通貨危機に陥りかねない状況にある。
このリスクに対する保険の役目が、通貨スワップだ。
為替状況に関わりなく、ある限度までドル等の通貨が入手でき外国為替決済が滞ることがないようにするのが、通貨スワップである。
韓国はこの通貨スワップを、長く日本と締結してきた。
ところが昨年の竹島問題以降、日本は(報復の意味を込めて)スワップ縮小を進めた。
普通なら、ここで日本との関係打開を模索しても良いものを、
韓国は(多分日本嫌いをエスカレートさせ)日本とのスワップ縮小を受け入れた。
スワップという保険が無くなって困るのは、韓国自身である。
通貨スワップの相手先は、経済力があって通貨が安定している国でなければならない。
韓国はそれをアメリカに求めた。
アメリカ訪問時にオバマ大統領に求めたが、
オバマ大統領は「特定の国だけ支援することはできない」という原則論で断った。
(僕の勝手な憶測だが、日本との関係を改善して日本とスワップ復活させる方が良い、
アメリカが韓日の仲介をやっても良い、ぐらいは言ったのではないか)
アメリカに断られた韓国は次に、中国にスワップを依頼した。
これは国家戦略上、重要な決断を行ったことになる。
韓国は軍事で、外交で、さらに、経済でもスワップ協定に代表されるように、
中国に依存する道を歩もうとしている。
これがどれだけ中国に傾斜したことになるのか、
どれだけ危険をはらんだことになるのか経済から説明する。
韓国は経済の貿易依存度が100%を超えるというほどの貿易偏重にある上に、
中国貿易がそのトップを占めると言われている。
中国が経済好調ならばまだ良いが、
今の中国は(正確なことはわかっていないが)経済不調であることは間違いない。
つまり韓国は国の未来を中国に依存する決断をしたが、
もし中国の経済不調がはっきりし韓国貿易が縮小したならば、
韓国経済は一気に危機に陥り、通貨スワップの実行を中国に依頼することになるが、
その時中国は自国の経済不況を理由にスワップに難色を示すかもしれないし、
スワップを実行する見返りに韓国が飲まざるを得ない条件(例えばアメリカと
完全に手を切る)を突きつけられることになりかねない。
韓国内ではこの過度の中国依存に警鐘をならして、
アメリカとの関係修復を求める声もあるそうだ。
韓国が日本嫌いであることは歴史的経緯からわからぬでもないが、
それ以上に民族的立ち位置感情が働いているという専門家もいる。
(中国が韓国の上であることは何ら問題はないが、
日本が韓国より上であるとは絶対に認め難い。
今までは日本が経済優位にあったので下手に出てきたが、
経済が弱まった日本に対してもう頭を下げる必要はない。)
しかし冷静に韓国国益を考えたならば、
日本嫌いや国民感情で政治を決めていってはいけないように思うが、
当の韓国はそういうバランス思考と違う思考で物事が決められているようである。
一方日本の国益を考えると、
朝鮮半島は日本の大陸に対する盾の役割を果たす。
(こう書くと韓国は猛烈に反発すると思うが)これは明治政府以降、
変わらない日本の国益である。
その韓国が中国の属領のようになってしまうことは不味い。
韓国が日本との直接会話を嫌い同じテーブルに着きたくない態度はスルーしても、
韓国はアメリカとの関係は正常に維持することが望まれる。

アメリカは極東が火種になることを回避することを、今まで第一原則にしてきた。
その原則により、北朝鮮の勝手な振る舞いに鉄拳を落とすようなことはしてこなかった。
ところが金正恩は予測不能のギャンブルをしかけてくるし、
中国はアジア太平洋で覇権を強めようとし、
韓国も中国依存を深めている。
安倍首相はいろいろ問題はあるものの、
衆議院、参議院選挙で勝利し安定政権になりそうだ。
(少なくとも自民党は3年は政権の座にいるだろう)
こういう状況を総合判断すると、
アメリカ民主党のどちらかといえば中国よりの立場を今回見直し、
オバマ自身が守ってきた原則論を少し横において、
共和党大統領のロンやジョージのように
日本との関係強化に傾いた。
但しオバマ大統領自身がその関係を築くのではなくて、
キャロライン・ケネディ女史の象徴性によって築こうとしている、と考える。
(本当は、女子は素晴らしい手腕の方かもしれないが、今はわからない)
これが自分の推測である。