手術後も多くの機能は元のままですと先生から言われていますが、
ただ左上が空洞なので食べにくくなったり声質が少し変わるかもしれません。
それに予想外の感覚の変化が起こるかもしれないし、
顔が変わってしまうかもしれません。
ネガティブに考えるというよりも、
万一そういうことがあっても後でシクシクしないようにしておきたい。
手術の前に、今の感覚を覚えておきたいと思いました。
それに、家族と過ごすイベントを多く持ちたい、と家族に提案しました。
僕のことを思ってみんな賛成してくれました。
何回も食事に行き、
カラオケで2時間以上歌い、
家族写真を撮って、
料理を作り、
それに旅行に行きました。
その中で、伊勢神宮と伊勢志摩の旅館に一泊したことを紹介します。

愛車を駆って、伊勢へ。
日本中が大雨の被害にあっていて、
この2日の天気予報は良くないのですが、二日とも雨に会うことはありませんでした。
次女は「私は晴れ女」と言っていました。
晴れている内に伊勢神宮の内宮に参拝したかったので、予定を早めて直接内宮に向かいます。
意外に暑い。汗が吹き出し、結構ふらつきます。
遷宮で真新しくなった社を参拝。
思わず、自分と家族の健康をお願いしてしまいました。
内宮ではいつも日本の安寧とかを祈るのに、
やっぱり、切羽詰まるときれいごとは言ってられないんですね。
赤福で一服した後、宿へ向かいました。
宿地は、相差(おうさつ)いう漁師町。宿の人の言うことには、海女で有名なのだと。
温泉というよりも、料理自慢の宿屋という感じ。
湯はアルカリ系のぬるっとした温泉で心地良いです。
夕食は地元の魚づくし。イセエビ、アワビ、ヒラメ、サザエの刺身、イセエビの地獄焼き、
クロアワビのバター蒸し、てんぷらに他のおかずと、かつてないほどの沢山の料理を堪能。
どれも新鮮でおいしく、印象に残る料理でした。
ご馳走様。
一部屋四人で四本川の字で寝ました。

昨日宿の人から”石神さんにもう行ったのか?”と声を掛けられたので、
訳がわからぬまま、その石神さんにお参りすることにしました。
とても女性に人気のあるスポットでした。
女性の願いを一つ叶えてくれる神社です。
土産屋で、におい袋を買いました。
海女さんがお守りに使うセーマンドーマンのマークが付いていたからです。
海女さんの「海中から戻って来れますように」に引っ掛けて、
手術や入院から戻って来れますように、をかけました。
その後、鳥羽水族館に行き、
最後の、月読宮でお参りをして家に戻りました。
入院前に家族で旅行に行けて、本当に良かったと思います。
入院する前にすっきりした気分になれました。
がんのこと以外は普通通りにこなしています。
金沢から帰った後に、妻のもとに兄たちから電話があったらしく、
あいつ(僕のこと)は寝ているのか、と聞いてきたそうです。
妻は、いつも通り床に就いたら直ぐ寝ています、と答えると、
半ば呆れたような半ばあいつらしいと思うような反応だったとか。
僕だって不安はいっぱいあります。
でもがんになったことを悔やんでもがんは無くならないし、
今後の治療法がどういうものになるかは詳しい情報を持っていないので、
心配のしようがありません。普通通りに寝るしかないのです。
寝ることが好きな僕にとって、寝るしかないんだとなれば、
そりゃあ寝るでしょう。

神戸市立医療センター中央市民病院はポートアイランドにあります。
三宮からモノレールで来れます。
全国的には、理研の隣にあります、と言った方が、
たとえ場所のイメージがわかなくても情報的には繋がるかもしれませんね。
この病院に縁あって 年に四回通っていたのが、
口腔外科での親知らず抜歯手術とその後の治療を経て、
今は頭頸外科のお世話になっています。
妻と一緒に(以降、診察は妻と一緒に聞いています)今日は二回目の診察です。
MRIのデータが加わったことでより詳細な治療方針を固める大事な日です。
先生は開口一番、
「がんは当初思っていたより小さいですね。
CTに写っていたものの多くは膿のようなものでしょう。
骨もギリギリ突き抜けていないのではないか。
カンファレンスの結果、手術でがんの削除を目指す。
もし手術をして見て、がんが骨を突き抜けていたら、
その後放射線治療を行います。」
ここまで説明されて、隣で一緒に聞いていた妻のぐっと命を吹き返している様子が、
見てはいませんが感じられます。
「手術となると早い方が良い。
9月10日が空いているので、この日でいかがでしょうか?」と先生から問いかけられました。
隣の妻が、そうだ早い方がいい、と首を縦に振っているかの様な雰囲気です。
ところが僕は
「あ、基本の治療方針はわかりました。思っていたより小さいということも嬉しい。
ただ、9月10日というと本当に目の前ですね。
仕事の調整等もあるので、次のオペ日というわけに行かないでしょうか?」と答えました。
隣の妻は僕の返答に、この後に及んで何をびびっているのかと驚いていました。
確かに、先に放射線治療と動注化学療法を行って手術は10月になってからだろうと大雑把に考えていたので、手術がぐっと前になって、事実動揺しました。
「それと、先生のことを信頼していないということで言うのではありませんが、
僕が想像する以上にセカンドオピニオンを取るべきだという声が強いのです。
セカンドオピニオンを聞く時間をいただくわけには行かないでしょうか?
進行性が早いがんなので、一刻も早くと言うならそれに従いますけど」と言いました。
自分で決めたら行動に移すタイプですが、
いろんな人のアドバイスをいただいたのにもかかわらず、
もしも結果が悪かった時の周りの反応等も考慮すると、
重大な治療法を決める前にできることはやっておこうと思ったのです。
妻は、何も口を挟みませんでした。
先生にも了解いただきセカンドオピニオンの紹介状を書いていただきました。

病院を出た妻の足取りは、来るときよりもぐっと軽くなっていました。
もちろん僕の気持ちも、なんとか乗り切れるかもしれないという思いで、軽くなりました。
がん治療をするとなると、仕事を休まねばならず、
先生から病名を言われた翌日に社長と社長代行とアドバイザーに概略を説明しました。
まずは治療に専念すべきだとあたたかいアドバイスもいただきました。
がん治療においては、主治医をどなたにするか又どういう治療法にすべきかがとても重要なことなので、
セカンドオピニオンも含めて十分検討すべきだとアドバイスされました。
会社の他の関係者の皆さんには、
治療法と入院がはっきりした時点で良いだろうということになりました。

週末に金沢に帰って、二人の兄にがんを報告しました。
一様にびっくりしていましたが、基本的な僕のスタンスに賛同してくれました。
年老いた母に対してどうするかという問題がありますが、
取り敢えず黙っておこうということになりました。
やはりここでも、主治医を誰にお願いするのか、
又最適な治療法を導き出す為にセカンドオピニオンをもらっておくべきだと言われました。

友人については、ひとまず黙っておくことにしました。
10月中旬に大学のクラブの同窓会が4年ぶりに京都で泊りであるのですが、
参加を欠席に変えてもらう時に、理由を別のものにしました。
せっかく楽しみで集まることを考慮してのウソです。