一級建築士 増山大 -29ページ目

一級建築士 増山大

不動産投資業界33年の一級建築士。アパート設計200棟、賃貸住宅管理2000棟の経験から、あなたを幸せに導きます。

一級建築士・増山大



建築士・増山です。
もしもホントに
「 人生、楽しんで生きてよい 」
のだとしたら、そりゃスゴイ!
    
頑張ってみよう!
力んでトライしはじめたのが
30歳。
    
染み付いた悲観主義。
正反対の楽観思考に私は
なかなか馴染みませんでした。
      
が、諦めず試行錯誤を繰り返した。
結婚、離婚、再婚、離婚。
転職、退職、起業。
カラテを始め、様々なスポーツを
30過ぎでトライ。
    
少しは結果が出るが
圧倒的な結果や突き抜け感なし。
気が付けは40歳。
カラテをはじめ、
結果を出している先輩方は
    
「起きることは全て思い込み」
    
と言う思考を味方に付けている。
    
結果を圧倒的に出すには
行動を圧倒的に変えよ。
思考を圧倒的に変えよ。
    
と、言うことでした。
    
「相手は思ったより強くない」
「自分は思ったより強い」
       
更にさらに
思考を変えるための根拠はいらない、と言うではないですか。
    
40歳の私は
根拠は必要なのではないか?
そこにこだわり続け
悩める日々を過ごしていた。
    
そんなある日。
ある人との出会いが私を180度
変えることになったのです。
    
続く。
       
不動産投資建築家
一級建築士 増山大
 




引用元:根拠は必要なのか?


専門は立退き交渉。
全て、成立させて来ました。
    
建築士の増山です。
    
決め手はズバリ、お金、です。
しかし、それだけではダメです。
反対者は皆、こう言います。
       
「俺は金では動かない」
    
では何で動くのか?
    
      
こたえ)
自己重要感、で動くのです。
    
ある人とは三年掛りで交渉。
初対面のとき
        
「あんたは自分のことしか
考えてねーじゃねーか!!」
        
それ以降、二週間に一度。
アポ無し訪問を繰り返した。
会えない時は置き手紙を。
     
会えたときは立ち話、
季節の話題を5分。
     
会えるのは月に1回。
やがて1年が過ぎた。
     
すると心配事をポツリ、ポツリ。
話すようになった。
     
心配事を聞いた二週間後。
季節の話題を4分半。
立ち去りきわに解決策を提示。
     
解決策も結論でなく、
ゆっくり、ゆっくり。
     
さりげなく紙にしたためる。
やがて部屋に入れるように。
更に1年。
     
     
人にはそれぞれ自分の
「テンポ」がある。
     
合わせてくれる人を
気が合う人、良い人、
と感じるようだ。
     
強引に合わせさせる。
そんな方法もあるかもしれない。
     
私は相手のテンポ、を見つけ、
それに寄り添う。
     
それで全ての交渉を
まとめて来ました。
     
         
地上げの話は
次回の金曜日に続きます。
        
不動産投資建築家
一級建築士 増山大
 




引用元:私、地上げ交渉人でした
 
 
 
 
 
 
部屋にキノコが生えた第3話。
( キノコ話は今回だけ木曜日)
        
不動産投資の建築士・増山です。
※ 高野山に行って来ました。
        
キノコ部屋に訪問する。
生暖かい空気。
キノコは壁の出隅、床近に。
     
究因のため次々床を剥いでいくと
何と3LDK全面が水浸し!
         
もしや下階に漏れてかも。
図面で確認する。
     
下階とキノコ部屋の間に
コンクリート床が二重スラブに
なっていることが判明。
     
その間、高さ1.2m!
水漏れ調査隊を結成し
ほふく前進して進むと、、、
     
やっぱり!
そこにも水が!
     
かなりヤバイ、、、
         
次回、月曜日に続く。
         
不動産投資建築家 増山大




引用元:ほふく前進前進、また前進
















ホームセンターで設備機器の
市場調査をして来ました。
最近、洗面化粧台が激安ですね。
    
建築士の増山です。
       
20年前、私は72万戸を持つ
世界一のスーパー大家で
修行していました。
        
昭和40年築のRC物件の
雨漏クレームで驚くべき光景を
目のあたりにした、
と言うところからの続きです。
        
先輩は雨漏を見るやいなや
        
「止むまで待ちましょう。
 家具を濡れないよう移動して」
        
そう言うと先輩も住人も
床を雑巾で拭き
バケツで雨水を受け
タンスを内側に移動します。
     
しかも、テキパキと
動き始めるではないですか。
     
そう。彼らにとって
これは見慣れた光景、
やり慣れた行動、
だったのです。
     
確かに雨漏の調査と修繕は
雨が止まないと始められない。
     
それまで出来ることは
室内の濡れ被害を最小限に
食い止めることだけ。
     
雨が止んでから
水がどこから進入しているか?
それを突き止めてはじめて
雨漏り修繕がスタートする。
     
では雨漏は普通、
どこから起きるのか?
あなたは知っていますか?
     
私がそれを初めて知ったとき、
たいへんな驚きでした。
次回の水曜日に続く。
        
一級建築士 増山大
 




引用元:水が上から下に落ちる常識を疑うべき理由
 
建築士の増山です。
※ 写真は大好きだった堂島ロールの堂島ホテルが閉鎖されたようです。
     
2000棟の賃貸住宅の設計を
仕事としてやってきた職業感が、
ガラリと変わった出来事。
     
阪神大震災の当時、
横浜市で設計マンを
やっていました。
     
被災地に診断士として行けず、
ジリジリと過ごしていたある日、
その機会がやって来ました。
     
1997.1.31
震災から二週間後。
当時、設計担当し工事中の、
大阪アパート施主から。
     
建物の安全性の説明を受けたい、
と大阪出張の機会を得たのです。
    
大阪アパートは通常の基礎では
やや物足りない軟弱地盤でした。
     
しかしながら多少の補強でよく、
杭を打つまでは必要なかった。
     
当初そう説明したが
施主は余裕のある人らしく、
「安全を見て杭にして欲しい」
     
だから杭基礎で設計した。
当たり前の仕事をした。
私はそんな感覚でした。
     
当日、現地で会った瞬間、
施主は私の手を取り涙ぐみながら
     
「杭で設計して本当によかった!
ありがとうございます!」
     
感激で感謝いただいたのです。
     
私は設計マンとして
当たり前のことをした。
その結果、大感謝された。
     
この体験は私にとって
極めて新鮮でかつ
大きな驚きでした。
     
当たり前のことをやって
こんなに感謝感激されるんだ。
     
今まで当たり前にやって来た仕事。
もしかしたらお客さんは
喜んでいたのかも。
     
だとしたら、
それを直接伝えてもらわずに
過ぎ去っていたのだとしたら。
     
何と、もったいない!
施主からご馳走になったお寿司
の味は今でも忘れられない
格別なものでした。
     
翌早朝、、
被災地に訪れたのですが
私は愕然とする光景を
目にしたのでした。
     
来週の火曜日に続く。
     
 




引用元:本当にもったいないことしました、、、




建築士の増山です。
私は以前ある組織で
地上げをやっていました。
    
反対者に立ち退いてもらう。
100人に一人は大反対する。
    
それを動かすことを
「交渉」と呼びますが、
それが私の仕事でした。
    
相手によりますが
ある人とは何年も掛けて
「交渉」しました。
     
私が動かせなかった人は
一人もいません。
決め手を掴んでいたからです。
    
決め手、とは何か?
    
ズバリ、お金です。
    
しかし!
    
「私はお金で動いた」
と、相手に思われてはいけない。
    
私は正当な評価をされた。
私は認められた。
そう、感じてもらえる。
    
そこが唯一つの決め手でした。
    
そして「交渉」を始めるキッカケ。
決してこちらの話は言わない。
一ミリも言わない。
    
「お前は今日、何をしに来た?」
    
そう言われてはじめて
こちらの話を少しだけする。
    
少しだけ。
がキモ。
    
    
一番苦労した人反対者Aさん。
三年掛りの「交渉」でした。
    
Aさんとの初対面のとき私は
大声でこう怒鳴られました。
    
「お前らは自分達のことしか
考えてねーじゃねーか!!」
    
なぜ、Aさんは怒鳴ったのか?
その理由とは?
    
次回の金曜日に続きます。
    
不動産投資建築家
一級建築士 増山大
   




引用元:お前は自分のことしか考えてねーじゃねーか!!
 

不動産投資建築家
増山大です。
    
※ 写真は関西スーパー大家となった
卒業生に招待された阪神戦です。
    
今から20年ほど前、
私は世界一のスーパー大家で
クレーム対応専門家として
修行していました。
    
スーパー大家は72万戸もの物件を
日本中に所有していました。
    
私は千葉県の大規模物件を担当
していました。
ある大雨の日。
    
「雨漏した、何とかしろ」
    
とのクレーム電話。
先輩と現地に急行。
    
昭和40年築のRCマンション。
サッシは鉄と木。
    
現場を見た先輩は
こんな驚くべき発言を
するではないですか!
    
「雨が止むまで待ちましょう。
屋根が濡れていると
修理出来ませんので」
    
「タンスや家具を
濡れない場所に
移しましょう」
   
「ええー??
そんな対応でよいの?
住人さん、怒らない??」
    
それまで新築マンションばかり
扱って来た私は驚きました。
    
するとさらにこんな驚くべき行動を
先輩ばかりでなく
住人もはじめるのでした。
    
次の水曜日に続く。
    
スーパー不動産投資建築家
一級建築士 増山大
    




引用元:世界一のスーパー大家での修行はこんな仕事だった、、
 

 
 
 
 
 
 
 

不動産投資建築家の増山大です。
    
これまで2000棟の賃貸住宅設計を
毎日毎日やって来ました。
     
それは単に選んだ仕事として、
やってきた感覚でした。
     
しかしそんな職業感が
ガラリと変わる事件に
遭遇することになるのです。
     
その事件とは、、
     
1997年1月17日早朝に起きた
阪神大震災です。
     
当時、建築士の資格を取り立てな
私は横浜市で設計マンを
やっていました。
          
大震災の少し前の年末に
来るべき関東大震災に備え
横浜市建築士会が主催した
危険建物診断士の講習会に
私は申し込んでいました。
     
しかし日々の忙しさを理由に
講習会をドタキャンしたのです。
     
その翌月、阪神大震災が発生。
診断士の資格を持つ建築士達は
建物診断のため続々と被災地に。
     
しかし私は被災地には行けない。
ドタキャンし診断士に
なっていないからです。
     
「なんて事、してしまったんだ」
     
講習会をサボってしまい
有事に役に立たない私。
自己嫌悪の嵐でした。
     
そんな私に震災直後の1月31日
被災地を訪れる機会が
やって来たのです。
     
そこで見たテレビ映像にはなかった
信じられない光景とは、、、
     
長くなるので次回の火曜日に続きます。
 
ではまた。
     
不動産投資建築家 増山大
     
 
 




引用元:忙しさからドタキャンし、大失敗をやらかしてしまいました
 


部屋にキノコが生えた話、
の続き。
    
不動産クレーム専門家の
建築士 増山大です。
    
「部屋にキノコが生えたので
見に来て欲しい」
   
と言う居住者からクレーム。
結露がヒドイ、と言うのは
たくさん受けている。
     
が、キノコは初めて。
期待と不安が交錯するなか、
訪問する。
     
玄関ドアを開けると
ムワ〜ッとした生暖かい空気。
     
コレはヤバイ。
で、キノコを見せてもらう。
確かにキノコがある。
壁の出隅、床に近い位置に。
     
床下から壁の石膏ボードが
水を吸い上げている感じ。
     
原因を調べるため
床を剥がす。
     
すると驚くべき事実が
目の前に現れたのです!
     
床中、部屋中、水浸し!
キノコ付近だけでなく
広い範囲が水浸し!
    
次々床を剥いでいくと
やがて3LDK全部か水浸し!
     
かなりヤバイ、、、
下階にも水が漏れてるな、、
しかも下階は貸し事務所、、
     
OA機器とか濡らしていたら
超ヤバイ、、、
     
下階をおそるおそる
訪問すると、、、
     
長くなったので
次回、来週月曜日に続く。
     
不動産投資建築家 増山大    
 




引用元:事務所のOA機器が水浸し、、
 
 

私には90歳目前の父がいます。
少し屈折した私の雑草魂は
父との関係から産まれました。
    
褒められた記憶はたったの一度。
かなりムリ目の高校に受かった時、
「まあまあ、だな」と、一言。
    
存在価値は基本ゼロ評価。
成績が良くて初めて
そこに居てもよい。
     
「お前の意見は?
と言われるまで口を開くな 」
    
ツメタイ氷の上を
ソロリソロリ、、、歩く感覚で
毎日を生きていました。
    
自己無価値感を常に持った幼少期。
結果を出さないと居られない私。
存在するだけでは居心地が悪い私。
    
中学高校大学とそれが
磨きをかけられていったのでした。
    
人一倍結果にこだわる。
結果が出ないと平常心でいるのが
とてもとても苦痛になる。
    
カラテをやっても。
ゴルフをやっても。
スキーをやっても。
     
楽しむより結果を出す。
認められることに執着する。
     
ビジネスも。
不動産投資も。
    
数字に徹底的に執着する。
はそこから来ているのです。
    
今となってはそれか私の持ち味。
生き伸びて来られたのは
そんな結果執着主義の
おかげなのです。だから
    
「人生を楽しんで生きてもよい」
    
ある人から言われたとき
とてもとても驚きました。
腰が抜けるほど驚いた。
    
「イヤイヤ、そんな話がウマすぎる人生、あるわけないよ」
    
そう思いながらも
もしもホントの本当に
    
「人生を楽しんで生きてよい」
    
のだとしたら、それは、
超絶スゴイことだ!
そんな人生があったら生きてみたい。
    
気持ちはついていかないが
そう生きられるよう
何とか頑張ってみよう 笑
    
と、最初は力んで青筋立てて、
楽しむ人生を選択してみる。
それにトライしはじめた。
    
それが30歳の頃でした。
    
「人生は楽しむためにある」
と言う考えはマジに驚きでしたので
なかなか私には馴染みませんでした。
    
30年も自己無価値感を抱え
生きて来た私が何をキッカケに
「人生、楽しんでみようかな?」
と思うようになったのか?
    
来週の土曜日に続きます。
    
不動産投資建築家
一級建築士 増山大
 




引用元:イヤイヤ、そんなウマイ話、あるわけないでしょ