千葉県の松戸界隈を自転車散歩した日記 追記 | まほろばのdaimal

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特にテーマがあるわけでもなく、自己満足の日記であります。

 快晴の予報でしたが雲が多めな晴天の水曜日。

水元公園を通過して江戸川を渡り松戸市界隈を自転車散歩致しました。

 

 江戸川左岸から戸定邸を右に見ながら北上し、松戸駅の手前で土手から降ります。

 

 特に目的地はなかったのですが、G先生のマップで目星を付けていた、松戸神社に詣でました。

 

 旧水戸街道に面した一の鳥居。

 

 

 二ノ鳥居をくぐると直ぐに、坂川にかかる潜龍橋。

 

 潜龍橋からは河津桜並木。

 

 

 撮し方によっては渓谷に見える坂川。

あれ? 北側 (上流) に向かって流れているように見える。 

 坂川は、江戸川の水位によっては逆流して洪水被害を出していたと云われ、 「逆川」 が語源だとの記述を見つけました。 実際、少し北に行ったところにある江戸川に接続する水門 (赤圦樋門)から江戸川に流れ込んでいるのを確認しました。 ちなみに、この坂川の南端は市川市国府台付近で江戸川につながっています。 ということはどこかで流れが逆転しているか川底高低差が微妙に逆転する場所がある? 上げ潮の時間だったか?

 

 用水との関係で更に上流側にも江戸川との接続場所があり、松戸神社付近は開削された直線的な人工河川のようにも見えて少々複雑な流域のようです。 (ブラタモリ風になってきた)。

 

 さて、

 

 先ずは散歩の安全を祈願して参拝。

松戸駅へ向かう道沿いということもあってか、参拝者が切れることがありません。

 

 拝殿正面左側に水戸光圀公より奉納されたとされる弓と矢。

 

 光圀公が鷹狩りの際に仕留めようとした白鳥。 これに鷹は狩ることをしようとせず、弓は折れてしまったとか。 日本武尊の古事から導かれた逸話のようであります。 光圀公からの奉納額としてはシンプル過ぎる気もしますが。。。

 

 拝殿から振り返ると御神水 「龍神さま」。

飲むことが出来る天然の湧き水であるそうです。

手水で清めた手で受けて、ちょっとだけ口につけてみました。

腰痛退散

 

 百度石に詣った数を数えられる珠が付いていました。 二十個の古銭風珠×五列。 そろばん珠のようにスライドさせて数えるのですね。

 

 ここで娘よりLINE。

12時前には実家に来るとのこと!

JRの職員さんと思われる集団が参拝に見えたのですが、私はここで松戸神社を急遽出立。 松戸駅付近で昼食と思っていましたがこれを諦めて、松戸神社付近をすこし廻ったら戻ることにします。

 

 坂川沿いを北に向かうと親水公園風の広場にでました。 愛機ブルーインパルス号を停泊させて暫し腰伸ばしであります。

 春雨橋というバス停があり

 春雨橋があり

 その左(南)には年季の入った商家風の建物が。

 生活感はあまり感じられませんが、電話線と光ファイバーが引き込まれており、左の潜り戸にはセコムのステッカーがあるので使われている家屋であろうと思われます。

側面はレンガ造り!

敷地も大分広そうですし建物の風格からすると名家でありましょうか。

奥に立派な鳥居が見える!

G先生の地図には何も書かれていない。

 坂川沿いから回り込んでみる。 ここだけ森の中。 瓦屋根が一部破損していますが、シートで補修されているということは使われている家屋か。

 更に奥にはレンガ造りの二階建て。 まるでレンガ倉庫のようです。

 もし個人のお宅であったら不審者となるので現地探査はここまで。 坂川をさらに行くと、もっとディープな世界があり江戸川との接合点に出ますが今回はここまでです。

 

なかなか調べがつかなかったこの邸宅。 松戸神社HPからリンクされた坂川マップに記述を見つけました。 「福岡宅大樹の森」であるそうですが、それ以上がわかりません(福岡さんの邸宅?)。

↓坂川マップのリンクは以下の通りです。

https://www.matsudojinja.com/sakagawamap.pdf

 

~追記~

上記邸宅は旧福岡薪炭店で、江戸時代以来の松戸きっての資産家であったようです。 ある方は、邸内の鳥居は1626年に遷座した松戸神社(御嶽大権現)の旧地であった可能性を指摘しています。

 

 

 

再び春雨橋から旧水戸街道を北上。

帰着予定時間からすると、あと30分がお散歩巡行の限界であります。

 

春雨目橋から一分と走らないところで出逢った「千葉周作」の文字。

北辰一刀流の千葉周作

この柱は、旧松戸宿本陣の大黒柱であったそうです。

 

 ここは千葉周作ゆかりの宝光院さん( 梅牛山宝光院林泉寺 )です。

 

 正面は不動堂だそうです。

 

こんな史実があったんですね、ロシアっていったい。。。

 

 なるほど、ここを巡ると四国八十八カ所を巡ったことと同じ霊験を得られることを願った場所の様であります。

 

 一番札所 霊山寺と彫られた上に置かれた弘法大師さまはこちらを見ている。。。

 

 不動堂前で左に回り込んで

 

 八十八番札所の次に設置された高野山奥の院の上の弘法大師さまもこちらを見ています。

ここの百度石にも数え珠がありますね。 その向こうは先ほどの邸宅につながる坂川。 さっと拝見させて頂いただけなので、機会をつくって松戸で巡礼させて頂こうかと本気で思うのでありました(腰痛なので四国現地は巡れそうにないし)。

 

 そのまま坂川に出て、小さな橋を渡り、江戸川に接続する分流点を観察してから江戸川左岸に抜けて本日の散歩は時間切れです。

 

 帰り道、江戸川左岸土手下にある石碑に寄り道。

対岸の葛飾区側には東金町ポンプ場があり、金町関所跡の看板があったりします。 この付近が旧水戸街道 (水戸道)の渡し場で松戸宿。

 

 

 今回の松戸自転車散歩 (といってもホンの一部分)では、沢山の史跡や蘊蓄がまだまだあることがわかりました。 次回は事前に勉強してから巡行したいと思うのであります。

 

 

 因みに6/1現在の水元公園の花菖蒲は三分咲き。

予測によると6/7頃が見頃のようですが、梅雨入りしていそうですね。

 

 

 6/1撮影@千葉県松戸市

 

 

 前回UPしたアジサイの写真ですが、なぜタイトルが「七夕」なのかというご質問を頂きました。 天の川に見立てた写真の後に配置したことがヒントだったのです(別にクイズじゃないけど)。 左下の花をベガ(おりひめ)に、右上の花をアルタイル(ひこぼし)に見立てたタイトルだったのですが、ちょっと遠かったかな。 これ、来年の自家製カレンダーに使おう。