白痴日記。
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「くまさん」 まどみちお

私は中学生のときこの詩を読んで大泣きした経験があります。
内容はというと、

春が来て冬眠から覚めた熊さんが、自分が誰だか分からなくなってしまうんですが、小川に映った自分の顔を見て、あぁ、僕は熊だった。と再認識するというものなんですが・・・・・

最後の一言が、

そうだ ぼくは くまだった
よかったな
で終わるんです。

ちょうどそのころは思春期だったのか、自分の存在意義が見いだせなくて悩んでいたころでもあって、その、最後の よかったな というフレーズがすごく心にぐっときたんですよね。
自分が熊であってよかったと思える。
つまり、自分が自分であってよかったって思えるようになるのってすごく難しいと思うんです。私もまだまだそこまでは思えませんし。

だから、ちょうど自分という存在が嫌になったとき、この詩を読んで、
「自分はちゃんとここにいる」「存在してもいいんだ」
ってなんかいってもらえたような気がして、ひたすら涙が止まりませんでした。

それ以外にも、まどみちおさんの詩は心をうつ名作ぞろいで。
追々いろいろと紹介できたらと思います。




サリンジャー

「ライ麦畑でつかまえて」で有名なあの方ですよね。
きっとすごいんだろうと思ってナインストーリーズを借りて読んでみたんですが、いやはや、全然分からない。
テディとかはかすかに分かったくらいかも。
なんていうのか、アメリカンジョークが通じないのか、それが彼の持ち味なのか・・・一回読んだだけじゃ理解しきれない。
??????
???????の連続です。
すごく深く読まないといけないんだなぁって思いました。
とりあえず原文で読むまでは何もいえないなと強く感じた作品でした。

英語を勉強しよう。。。

箱男??

http://webrider-action3821.hp.infoseek.co.jp/matomesite/off2/repo2nd.html

箱男がいっぱいです。
といってもこの場合は正義の味方ですが。

「現代日本の開化」 夏目漱石著

この評論、教科書にのっています。第一学習社「現代文2」ってやつ。
今はもう載ってないのかなぁ・・・・?お札からも漱石先生消えちゃったし。
新1000円札は本当悲しい。自分の専攻からいって野口英世大先生は尊敬すべきなんだろうけども、何でよりによって漱石先生と交換しなくても!!
とこんな終わったことをぐだぐだいってもしょうがない。

この評論、授業では扱わなかったけど先生がやたらとお勧めしていたので、卒業してずいぶんたってから読みました。

うん、すごいです。まさに、すごいとしか言いようがない。
明治時代にあれを書いたとは、そうとうな予知能力を持っている気がしてならない。
確かに、前に高校の現文の先生が言ってたように、今の時代でも十分に通りうる論文です。

それゆえ、日本ってのは進化しているようで、本質の問題は戦前とちっとも変わってないんだななんて、ちょっと悲しくなりました。


すごい人は、やっぱり永久にすごいものですね。

阿部公房の伝記

そういえばこのあいだ東京薬科大学の過去問を解いていたら阿部公房の伝記みたいな英文がでていた。

それによると彼は根っからの理系で、数学物理は神のごとくできたけど、ものすごく語学が出来なかったらしい。
医学部なのにドイツ語の単位が取れなかったようなことか書かれていた。

理系ってのは知っていたけど語学が出来なかったとは・・・・
ちなみに私も語学が出来ない。ドイツ語は格変化を覚えるので限界でした。。。
ich mir mich du dir dich・・・だっけ?すっかり忘れつつある。

「箱男」 阿部公房著

箱男は、段ボール箱を頭からかぶって、周りからは一切中を覗かれることなく街をさまよい、街の人々を覗き見る。

私は、箱男を読んでいて、箱男の気持ちがわかってしょうがなかった。
私も一歩間違えばこうなりかねないと思った。
だれだって、見られることは嫌だろう。私は特にそれを感じることが多い。
小さなころから、トイレの中、布団の中、押入れの中、外界から遮断された空間が好きだった。
だれにも邪魔されない、誰にも見られない、この安心感を求めて私はよく布団の中にもぐりこんだものだった。
その癖は今でも残っていて、私はいまだに布団をかぶらないと眠れない。


だから、正直箱男の生活に憧れた。
箱男たちが、いったん箱に入ったら最後、二度と出る気になれない、という気持ちも痛いほど分かった。

まわりの雑踏は、自分をまるっきり無視して過ぎていく。箱男中心に時間はまわる。
時間が止まった感覚というのか、透明人間になった感覚というのか、
自分は見られることなく人を見ることが出来る感覚っていうのは、誰もが憧れることじゃないかと思う。

だから、私だけじゃなく現代人の誰もが箱男予備軍なんじゃないかと。

みんな心のどこかで箱男をうらやましく思いながら、でも、私を含め、箱男になる勇気が出せないだけなんじゃないかって。

殺されても罪にならない存在。
殺され屋。
箱男は、殺されることも恐れない。いや、あきらめている。

年々増加する自殺者。
もし人生に失望したら、自殺するより、箱男になって存在を抹消したほうが有意義じゃないかなと思った。

「太宰治情死考」 坂口安吾著

堕落論をよんでいたら、太宰治情死考という項があったので、おもわず読んだ。

正直、読めば読むほど、太宰のあの自殺が事故であったような気がしてならない。
前に猪瀬直樹のピカレスクを読んでいたから、なおさらそう思ってしまった。
安吾の言うように、スタコラサッチャンの無知を嘆いたってしょうがない、しょうがない。でも、やるせない。
天才というものは、早く死んでしまうにしても、早すぎやしないか。
あと、もう少し、生きて欲しかった。

昨日壇が太宰について書いた文章を読み、今日偶然また、安吾が太宰について書いた文章を読んだ。

だからなおさら、安吾がしきりにバカバカしいと繰り返す言葉が悲しくて、悲しくってしょうがなかった。 
何で死んでしまったんだろうって、悔やんだって仕方ないことをひたすら悔やんでしまう。

やっぱり、太宰は私の中で特別な作家なのだと思った。
太宰の文学は、暗いものも多いけど、でも、生きようって思える。
悩んでいたことが馬鹿らしくなってしまうような滑稽さや愛情が、あふれていて、生きようって思える。


どんなにバカバカしくても、いいではないか。という安吾の言葉が胸に響いた。

「小説 太宰治」 壇一雄著

壇一雄の、 小説 太宰治 を読んだ。

太宰のチャーミングな、はにかんだ笑顔が浮かんでくるようで、たまらなかった。
私はもちろん太宰の小説が好きだけれど、それとともに、人間性もすごく好きだなぁと思う。
ちょっとのことで頬を染め、人から裏切られると思うと狂ったようにうらみの手紙を書く。
そして、機嫌のいい日には、ユーモアにとんだ作り話を聞かせ、座を盛り上げる。
そんな悲しみを帯びた笑顔に見つめられたらたまらないだろうなぁと思った。


私は太宰治という人間が好きだ。


太宰のように、万人から心配され、愛される人は幸せだと思う。
そのことに太宰自身が気づいていたかどうかは謎だけれど。


最後に出てきた、

「死んだ。今度は太宰は、はっきりと死にました。」

と、わめくように言った壇の言葉が忘れられない。


2005-01-30

今までにmsnスペースで書いていたものも移動しようと思います。

禁酒・禁読書

禁酒を始めて早3ヶ月。そろそろ我慢できなくなってきました。
3ヶ月しか持たない自分が情けないというか。あぁ、あと1ヶ月の辛抱、といえどもつらいです。

禁読書も始めて4ヶ月くらいたちました。それもまたつらく、活字中毒の人間はネットに逃げてしまうのです。それじゃ結局のところ禁読書した意味がないじゃないかという話なんですが。ね。

そういえば今年のセンター試験は遠藤周作だったなぁ。ポーちゃんとか漏洩とかは正直どうでもいいからこれからも近代作家を出してほしいですね。
あ、って言ってもそろそろ私の好きなあたりは出し尽くしちゃったのかなぁ。
おととしくらいに太宰でて、去年は追試で三島が出ていた気が・・・
あーぁ、太宰の年に受けてみたかったなぁ。