この記事は、穂吉のブログの「2012-08-20 16:30:00」にUPした『日本の神話98. ~第四部 大和~ =第一章 神武天皇=』という記事を再編成してUPしています。
最初のお話し 『日本の神話01』 前回のお話し 『日本の神話97』
神倭伊波礼毘子命様は、土雲たち討伐に一計を案じました。
この土雲の民と共に食事をとり、安心したところで一気に倒そうと考えたのです。
御子は、土雲の八十建(やそたける)(大勢の強者たち)ひとりひとりに、自軍の兵を八十膳夫(やそかしわで)(大勢の給仕する者)として付かせました。そして膳夫の全員に、こっそりと刀を持たせましたのです。
そして、
『私の歌を聞いたなら、一斉に刀を抜くのだ。』
と命令されたのでした。
やがて宴は始まりました。膳夫たちは、心を込め持成します。徐々に土雲たちは、ほろ酔い気分で浮かれていきました。
そこに天津神の御子様の歌声が、響き渡ました。
それが合図です。
それまで土雲たちに給仕をしていた者たちは、隠し持っていた刀を抜きはらうと、瞬く間に土雲たちを打ちのめしたのでした。
このようにして土雲を滅ぼした後も、御子たちはその先を進み続けました。
都にするべき地を探すため、はたまた兄、五瀬命(いつせのみこと)様の仇、登美能那賀須泥毘子(とみのながすねひこ)と再び闘うために。
- 追 記 -
『八十建(やそたける)』と、『八十膳夫(やそかしわで)』の『八十』とは、穂吉のブログ内で何度も書かせていただいていますが、数字の「80」という意味では無く、『沢山の』と云う意味で用いられています。
ですから『八十健』とは、『沢山の勇猛果敢な人々、強者たち』を意味し、はたまた『八十膳夫(やそかしわで)』とは、『沢山の食事を振舞う人、お給仕する人たち』という意味になります。
『土雲(つちぐも)』たちを打ち取る為の合図の歌とは、
『忍坂(おさか)の 大室屋(おおむろや)に 人さはに 来入り居(お)り 人さはに 入り居りとも
みつみつし 久米の子が 首椎(くぶつつ)い 石椎(いしつつ)い持ち 撃ちてしやまむ
みつみつし 久米の子らが 首椎(くぶつつ)い 石椎(いしつつ)い持ち 今撃たばよらし』
(忍坂の大きな洞穴に、沢山の人が入っているよ。
大勢が集まっていても、大勢の久米部の者(兵)たちが、「首椎(くぶつち)の大刀」や、「石椎(いしづち)の大刀」を手に取って討ち果すことであろうよ。
久米部の者たちよ、今こそ 首椎之大刀と、石椎之大刀を手にとれ、今なら上手く行くぞ。)
何とも勇ましいお歌ですねぇ。
そして『五瀬命(いつせのみこと)』様と、『登美能那賀須泥毘子(とみのながすねひこ)』とが戦ったエピソードと、『五瀬命』様がお隠れになったエピソードは次の所です。良かったら読んでみてくださいね。
日本の神話87.長脛毘子
日本の神話88.五瀬命様のご崩御
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
おしまい。

