今日は子ども時代のことと

うつ闘病中のことを振り返って

書いてみますふとん1


たまにはカフェで日記タイム✏️☕️




日記を再開して、

初心を思い出せた今日この頃



昔のことも色々思い出していました



私は元々

自分の気持ちを言葉に出すのに

時間が掛かるタイプの子どもでした



気持ちに一番近い言葉を探すのに

時間が掛かるというかちょっと不満



どうしたらみんなみたいに普通に話せるのか

いつも悩んでました



だから

色々考えてるうちに

話題が次へ移っていて

友達との会話に付いていけない、、

みたいなことが多かったんです



幼稚園の頃はそんなことなかった



小学校に入ってから

「ダサい」だの『とろい』だの色々言われ始めて

意地悪な子に

『もっと面白い話してよ』とか言われて

困ってたなぁ🥲



私は強く言い返せないし

先生にも親にも告げ口しないから

相手にとっては都合のいいいじめ相手だったろうな




いじめが始まると

ますます萎縮してしまって

何を話せばいいのか分からなくなって

言葉に詰まった



だから

時間を掛けて書くことのできる作文や

絵を描くことで

自分の中の想いや感情を表現する方が

自分に合ってたし

自分を表現できる絵や文が好きだった❤️‍🩹



子どもの頃好きだったことは

生きる支えにもなってたんだなって

今振り返ると改めて思う



高校でも美術部でポスターやパネルの作品を

たくさん描いたし

石膏デッサンは先生に出された目標の

1年で100枚以上を黙々と描いた

(3日で1枚のペース)




大学を卒業して

すっかり絵を描くことから離れてしまったんだけど

(卒業制作で満たされたっていうのもあった)






最近また描きたい欲が湧いてきて

『私は私を表現したいんだな』

『表現したい想いがあるんだな』

って感じています

ただただ自分の中にあるものを見える化したい





私は過去精神科に4回入院していて

でも、回復したから退院したわけじゃなくて

3ヶ月間しか入院できないから退院になるのです泣き笑い

(今から15年位前の話)




家に戻ってからも

トイレに起きるのがやっとで

ほとんど寝たきりの生活でした




ベッドに寝転んで窓から見える空を

死にたい気持ちで一日中眺めながら

何とかやり過ごしていました



その頃は

『どうして動く手足があるのに

動けないんだろう』


『せっかく身体があるのに

生きてる意味が無い』


って考えてた





だから

少しずつ動けるようになったら



自分が少しでも興味を持ったことは

自分のためにやってあげると決めた




少しでもやりたいことが心に浮かんだら
やってあげよう


あの頃動けなかった分を
これから取り戻してあげるんだ



私の人生を取り戻してあげるんだ



そのために動いてあげるんだ



過去の自分に
ありがとうって言われるような生き方を


未来の自分に
応援されるような生き方を



20代のほとんどを病気と共に過ごしたから
私の人生は30歳を過ぎてから
スタートしたように思います



少しずつ
少しずつ
3歩進んで2歩下がるのを
何年も繰り返して今があります



心と体と頭のやりたいことがバラバラだと
簡単に病気になるので


心で感じていること
身体の反応
頭で考えることをできるだけ一致させるようにしたい





疲れている時はちゃんと休んでからね



動きたくても何もできなかったあの頃の私に

今の私が
『大丈夫だよ、やりたいことできるよ』
って言いに行ってあげたい


私は私を救い続けるハート


それを
今つらいと感じている人と一緒に
できたらいいなと思ってますブーケ1