法事のお経が終わり、法話の時間となった。最前列には小学校6年生の息子さんが座っていたので、何気なく尋ねてみた。
「学校の勉強で何が一番嫌い?」
すると間髪入れずに返ってきた答えが「道徳です」だった。私は一瞬、耳を疑った。聞き間違いかと思い、もう一度同じ質問をした。しかし返ってきた答えは、やはり「道徳」だった。
「道徳は一番大事な教科だよ」そう伝えてみたものの、どこまで理解してくれただろうか。
もっとも、道徳に限らず、学びというものは教える人によって大きく変わる。尊敬できる先生の話であれば、子どもたちは自然と耳を傾ける。熱意のある言葉は心に届き、人生の糧となることもある。
反対に、苦手な先生や信頼できない先生の話であれば、どれほど素晴らしい内容であっても素直に受け取れないことがある。人はまず言葉よりも、その言葉を語る人を見ているのかもしれない。
私はその子に「偉人の伝記を読んでごらん」と勧めてみた。しかし今の子どもたちにとっては、伝記よりもゲームの方が魅力的に映るのだろう。
けれど人生の先輩たちの歩みには、教科書には載っていない知恵や勇気が詰まっている。道徳とは単なる授業の名前ではなく「どう生きるか」を学ぶ時間である。
大人になって振り返ると、算数の公式や歴史の年号は忘れても、人として大切なことを教えてくれた先生の言葉だけは不思議と心に残っている。
あの少年もいつの日か「道徳が一番嫌いだった」と笑いながら話しつつ、その授業で聞いた何気ない言葉を人生の支えにしているかもしれない。


