四十九日法要というのは、本来「故人を偲び、静かに手を合わせる日」のはずだ。ところが最近、参加者が少ないなと思ったら、どうやら仏さまよりも現世の問題が忙しいらしい。
聞けば相続で兄弟が揉めているという。
「あなたは家を建てるときに親からお金を出してもらったじゃないか」
「あなたこそ子どもが大学に入るときに出してもらったでしょう」
まるで家計簿の決算報告会である。しかも四十九日という、最も厳粛な舞台で。怨念というのは恐ろしい。線香の煙よりも長く漂い、下手をすると生涯続く。
親は子どものために財産を残してはいけない。そう思ってしまう。残せば残すほど、兄弟は「愛」ではなく「計算」を始めてしまうのだ。
けれど不思議なことに、形見分けになると皆、急に涙ぐむ。
「これはお母さんが大事にしてた…」と言いながら、しっかり一番良いものを選んでいる。
【泣きながら良いものを選ぶ形見分け】悲しみと現実の欲が、見事に同居している。
仏さまもきっと苦笑いしておられるだろう。「争うほどのものかねぇ」と。


