四十九日法要というのは、本来「故人を偲び、静かに手を合わせる日」のはずだ。ところが最近、参加者が少ないなと思ったら、どうやら仏さまよりも現世の問題が忙しいらしい。


聞けば相続で兄弟が揉めているという。


「あなたは家を建てるときに親からお金を出してもらったじゃないか」

「あなたこそ子どもが大学に入るときに出してもらったでしょう」


まるで家計簿の決算報告会である。しかも四十九日という、最も厳粛な舞台で。怨念というのは恐ろしい。線香の煙よりも長く漂い、下手をすると生涯続く。


親は子どものために財産を残してはいけない。そう思ってしまう。残せば残すほど、兄弟は「愛」ではなく「計算」を始めてしまうのだ。


けれど不思議なことに、形見分けになると皆、急に涙ぐむ。

「これはお母さんが大事にしてた…」と言いながら、しっかり一番良いものを選んでいる。


【泣きながら良いものを選ぶ形見分け】悲しみと現実の欲が、見事に同居している。


仏さまもきっと苦笑いしておられるだろう。「争うほどのものかねぇ」と。


「これまでで一番印象に残る葬儀はありますか?」そう問われると、私は二十年前の、あの冬の日を思い出す。


電話口の第一声は、「お金がないんです」だった。切実というより、追い詰められた響きだった。けれど続けて「それでも、きちんと見送りたい」と。


経済的な理由で葬儀社は通さなかった。ご遺体は自家用車で火葬場へ運んだ。棺はどうしたかというと、ホームセンターでコンパネを買い、喪主自らが釘を打ち形にした。立派とは言えない。だが、その一打ち一打ちに、ため息と、後悔と、感謝が混じっていた。


火葬炉に入る前、火葬場の責任者に「少しだけ時間をください」とお願いし、私は読経をした。豪華な祭壇も、会葬者の列もない。ただ、家族のすすり泣きと、読経の声だけがそこにあった。


喪主は言った。「お金はない。でも、お経だけは、どうしても頂きたかったんです」その言葉に、胸が熱くなった。


葬儀の価値は、金額で決まるのだろうか。花の数か、料理の品数か、会場の広さか。あの日の葬儀は、どれも十分ではなかったかもしれない。だが、祈りだけは、誰よりも真っすぐだった。


読経が終わると、喪主は深く頭を下げた。私は思った。これでいいのだ、と。豪華な葬儀も尊い。けれど、あの簡素な見送りほど「人の心」をはっきり感じた葬儀はない。


二十年経った今も、あの手作りの棺の木目が、私の記憶の中で静かに光っている。


葬儀と法事の合間に、一本の電話が入った。「犬の供養をお願いできますか」


朝、目が覚めると、十八年間いつも隣で眠っていた愛犬が、静かに息を引き取っていたという。昨日までと何も変わらぬ寝顔だったのだろう。けれど体温だけが、少し違っていたのだろう。


その違いに気づいた瞬間、十八年分の散歩道や、じゃれつく姿や、叱ったことさえも、すべてが涙になったに違いない。


当寺のスタッフが「住職のお経を頂いたらどうですか」と声をかけ、ほどなくして飼い主さんは愛犬を抱いて来られた。腕の中の小さな体は、家族そのものだった。


時に、こう言われることがある。

「意味の分からないお経を聞いて何になるのか」

「ましてや動物にお経をあげてどうなるのか」と。


確かに、言葉の一つ一つを理屈で説明することは難しい。けれど、不思議なことに、読経の声が堂内に響き始めると、張りつめていた空気がゆるみ、荒れていた呼吸が静まっていく。


お経は、亡くなった存在のためだけにあるのではない。お釈迦さまは、生きて苦しむ人々のために、命がけで法を説かれた。悲しみの只中にいる者が、ほんの少しでも心を整えられるように、と。


読経を終えたあと、飼い主さんがぽつりとおっしゃった。「落ちつきました」


その一言に、私は安堵した。愛犬がどうなるかは、私には分からない。けれど、今ここで涙にくれている人の心が、ほんの少しでも穏やかになったのなら、それで十分ではないかと思う。