夜勤明け。

居間で寝てしまっていると

妻が帰宅していた。


ここ最近、夜勤明けでも眠れなかったが、試験が終わって気持ちが軽くなったようだ。


晩ご飯の支度を始めた妻が、こたつから身体を起こした私に、

「Bさん、最近顔や身体が黄色くなってるって。」と話した。


私「そう。何処で聞いたの?」

妻「職場で。」


妻「お酒、好きだったものね。」

私「そう。大変だろうな。」


Bさんは団体職員。

年齢は私より上で52歳くらいだろう。


Bさんとは寿司屋時代に1度ゴルフに行ったことがある。

それももう、25年も前の思い出になってしまってた。



    

今回は
寿司屋時代の常連さん
Bさんに「黄疸が出ている」
という噂話を聞いた
私の反応の話



Bさんは都会で育った人だ。

結婚して、町内に家を建てて越してきた。


お互いが結婚前の20代の頃からの付き合いで、寿司屋の常連さんだった。


日曜日には寿司屋のカウンターに1人座り、昼から生ビールの大ジョッキを美味しそうに楽しんでいた。


都会から引越しして来たのに町内の役員や、少年野球チームのコーチを引き受けていた。


自分のペースで仕事をしている姿や、人付き合いの上手さを見ていた私は、


『Bさんみたいに、大人な生き方をしたいな。』

と、寿司屋のカウンターの中から接客をしていた。


寿司屋をやめ5年くらいになるが、町内に住んでいるBさんに会える機会はやってきていない。


「お世話になりましたが、酒を飲みすぎて寿司屋を閉めました。」


そう言えないままでいて後悔をしている常連さんは何十といるのだが、Bさんもその1人だ。



妻は職場でBさんの『黄疸』の話を聞いた。


噂話の範囲かもしれないが、話を聞き直感で(本当だろうな。)と思った。


黄疸の時の


酒の飲み過ぎで、身体や目の白目が黄色くなる黄疸


私もアルコール依存症治療の入院前には黄疸があった。


朝、鏡に顔を近づけると白目は黄色がかったのと充血で、何色と表現が出来ないほど汚かった。


「俺の目は、もう2度と元には戻らない。」

と嫌悪して泣いていた。


アル中でない人の白目はあんなに綺麗なのに、、、ましてや子どもの目。


子供の目は白ではない。

澄んだ黒目の外にある白目は青みがかった無垢で深い色をした白さ。


俺にもあんな澄んだ目をしたころがあったのに、今はどうだ。


こんなクスんだ目。

一度人生終わらなきゃ、治るわけがない。


簡単に自己嫌悪のルーティーンを終えると、

「さて、酒飲むか。飲んだら『この目』のことも忘れられる。すべてスッキリするさ。」


と酒を隠した押し入れに向かっていた。


飲酒時代の末期、私は酒でマトモな人間から遠のいていた。


体のあちこちが黄色になった姿を見られたくなくて、外に出なくなっていた。



Bさんに逢えたら


夕食後、「娘たちの迎えに行ってきます。」

と妻が出ていった。


居間には私ひとりになった。

私は夜には珍しく仏間に入った。


仏間には仏壇と神棚、アルコール性の肝硬変で亡くなった父親の遺影がある。


線香をつけ「チーン」と鳴らした。


Bさんは苦しんでいるだろうか。

いや、苦しんでいることに気付いていないのかもしれない。


Bさんは私とは違うタイプのアル中だ。


私は自分の依存的な性格に気付かず【アルコール依存症】になったタイプ。


Bさんは30年をかけ、長年の習慣飲酒が【アルコール依存症】に発展したタイプ。


Bさんは立派な方だ。

酒というドラッグとの付き合いを見つめ直せば、この町内の人たちを明るくさせられるひと。


もしアルコールに苦しんでいるのなら、私と逢わせてください。


仏間でお願いをした。


お願いをして、自分に暗示をかけたから、その内近所のコンビニかどこかでBさんに会えるだろう。


そこで、私はBさんに声を掛けよう。


「こんにちは、Bさん。寿司屋です。会いたかった。お元気ですか?」


心の準備はオッケーだ。