台千十七話 | 台所放浪記

台所放浪記

料理とか随想とか

前回からの続きです。

ぎゃー、追いつかれるー!寺の門の脇に一抱えもある大木がある

のでその後ろに隠れて、死体が右に回れば左に、左に回れば右に

というように、ぐるぐると回り続けました。余談ですが、熊に

襲われた時の対処というのもこうするそうです。そうするうち、

行商人は疲れてきましたが、死体の方でも疲れてきたらしく、

最後の力を振り絞ると大木の幹の向こう側から両手で

掴みかかってきて、行商人はそこで気絶してしまいました。

 

寺の方では、物音がしなくなったのを確かめてから恐る恐る

門を開けてみると、見知らぬ女の死体が大木に掴まっていて、

すぐ傍には男が倒れています。男の方は息があったので介抱する

と、意識を取り戻してこれまでの経過を寺男に話しました。

夜が明けて、知らせを受けた役所から知県と役人が出向いて

きて、女の死体を木から外そうとしましたが、爪がしっかりと

幹に食い込んでいて、数人がかりでようやく引き離す事ができた

ものの、その爪痕は鑿でえぐったような穴になっていました。

 

宿屋に人をやって知らせると、宿の方では行商人3人が息絶えて

いて、安置してあった遺体がなくなっているというので大騒ぎ

している最中でしたが、某老人が寺まできて遺体を引き取って

いきました。生き残った行商人が「4人で行商の旅に出て、自分

1人帰ってこんな事があったと言っても、誰も信じてくれない」

と泣いて訴えたので、知県が証明の書付けを持たせて故郷に

帰らせました。

 

というお話なんですけど、これが昔大ヒットしたホラー映画

【霊幻道士】シリーズに登場する殭屍(きょうし、キョンシー)の

元ネタだと思われます。日本の江戸時代の怪談にも類話の

[将棋倒しの事](【曽呂利物語】)という話があって、蒲松齢の

生没年(1640-1715)と【曽呂利物語】の開版年(1663)を比較

すると、早く伝播しすぎているような気もするので、これは

【聊斎志異】が下敷きではなく、双方の怪談の元になった伝承や

言い伝えのようなものがあったかもしれないと考えています。

考証としてものすごく僅かな可能性、0.0001%ぐらいで両国の

話とも、自分を含めた現代人が経験していない実体験がベース

だったりして、とも考えなくもないですが、

これはないでしょう。きっと。