職業、旅人。 -4ページ目

EL ENCIERRO - エンシエロ(牛追い) - 3

数字で見るENCIERRO(エンシエロ)



CRAZY LARRY - 在英ゲイの小部屋 -



期日:7月7日~14日の毎日

時間:08:00開始


距離:848.6メートル

区間:サント・ドミンゴの坂 - 市庁舎前広場 - メルカデレス通り

     - エスタフェタの曲がり角 - エスタフェタ通り

     - ハビエル通り - 電話局 - 路地 - 闘牛場
CRAZY LARRY - 在英ゲイの小部屋 -

所要時間:3分55秒(平均)
最長所要時間記録:30分(1959年7月11日)

        ※MIURA牛が群からはぐれ、犬を投下。

        雄牛にかみつかせ、闘牛場へ追い込んだ。


牛の走行速度:時速24km(平均)


最も危険な牛種:Guardiola Fantoni

            ※1969年に1名、1980年に2名の命を奪う


参加者:平日合計・約2,000名、週末合計・約3,500名


負傷者:毎年200~300名

      ※実際のところ、全体の2~3%程度にすぎない・・


死者:14名(合計)






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EL ENCIERRO - エンシエロ(牛追い) - 2

エンシエロ - ランナーの心得 -

※パンプローナ市の公式案内より抜粋




一. 18歳以上であることCRAZY LARRY - 在英ゲイの小部屋 -


一. 酒に酔っ払っていないこと

一. 動きやすい服装と靴を着用すること


一. リュックやバッグなどは持ち込まないこと


一. 07:30までに市庁舎広場のゲートから入り、

  広場もしくはサント・ドミンゴ坂で待機すること


一. 経験者の指示を仰ぐこと、

  どう走ればよいかを知るには何年もの練習が必要です


一. 滑らないように気をつけること、とても滑りやすく転びやすいです


一. 前と後ろと足元を良く見ながら走ること


一. 転んだ時は丸まってじっとしていること


一. 雄牛が群れから離れて単独になった時には十分注意すること


一. 雄牛の後ろを走らないこと


一. 雄牛に向かって逆走しないこと


一. 雄牛を刺激しないこと


一. 闘牛場に入ったらできるだけ早く場内(砂地)から出ること




EL ENCIERRO - エンシエロ(牛追い) - 1

日時:7月7日 07:30
場所:Plaza Consistorial(市庁舎前広場)

ところで、このサン・フェルミン祭。
通称を「牛追い祭り」という。

なぜ、このような名がついているのかというと、
祭りの期間中(7日~14日の毎日)、毎朝08:00から行われる、
エンシエロがメインイベントのひとつになっているからである。

エンシエロというスペイン語は、そもそも「閉じ込める」「囲い込む」という意味を持ち、
ここで言うエンシエロとは、その日の午後の闘牛に参加する牛たちを、
市内にある牛の囲い場から闘牛場の中へと追い込む、いわゆる「牛追い」のことを言う。
祭りの期間中は毎日闘牛が行われ、よってこの牛追いも祭りの期間中は毎日行われることになる。

実際には人間は牛の前方を走るため、牛追いというよりもむしろ
牛に追われるかたちになるのであるが、
この祭りのために各地の有名牧場から選りすぐられた猛牛の目の前を走るという、
その勇壮さと度を越した危険性がゆえに、
このエンシエロは世界的に名を知られることになったのだとも言ってよい。


CRAZY LARRY - 在英ゲイの小部屋 -

時刻は07:30。
もう既に日は昇り辺りは明るいが、早朝の風は少しひんやりとして冷たい。
夜通し途絶えることなく続いた人々の笑い声と陽気な歌に支配された長い夜が明け、
やっと取り戻した束の間の静けさと、そこはかとない疲労感が旧市街に漂っている。

そんな旧市街にあって、熱い大気が覆っている一角がある。
パンプローナのランドマークでもある市庁舎が建つ一角、Plaza Consistorial(市庁舎前広場)である。

白い衣装に赤いバンダナ姿、かっぷくの良い屈強そうな男たちばかりが終結し、えもいわれぬ興奮が沸き起こる。
見渡す限りの視界には、東洋人と思える男は俺ひとりだけだった。
この完全な孤立感が、ただでさえ早まる俺の鼓動に拍車をかけていく。

エンシエロに参加する者は、07:30までに市庁舎広場に設置されているゲートから
エンシエロのコース内、市庁舎前広場の一角に入っておかなければならない。
この時間を過ぎると、もうコースの中に入ることはできない。
そして同時に、この時をもって、ランナーはコースの外へ出ることも禁止される。
もう後戻りはできない。

エントリー締め切りの07:30には、
辺りは多くの男たちで溢れかえった。
かろうじて屈伸ができる程度のスペースしかない。
そして皆、無表情のままにエンシエロの開始を待つ。
そのあまりの無表情ぶりが、不安と興奮を強引に押し沈めているかのようでもあった。

刻一刻と時間が過ぎていく。
辺りのざわめきが少しずつふくらんでいく。

07:55。
ざわめきの延長線上で、サント・ドミンゴ坂に終結したランナー達は、
手に持った新聞紙を振り回しながら、サン・フェルミンの歌を歌い始めた。
サント・ドミンゴ坂に設置されたサン・フェルミンの聖像に祈りの歌を捧げるのだ。
サン・フェルミンはパンプローナの守護聖人。
俺は、自らの加護を求めて本気で祈りを捧げた。

この歌は、07:55、57、59の3回繰り返される。
回を増すごとにその歌声は大きく膨れ上がり、
それは、抑えきれない興奮のあまり、
あるいは、後ずさりしてしまいそうな自らを執拗に鼓舞するかのようでもあった。

「A San Fermin pedimos, por ser nuestro patron,
nos guie en el encierro, dandonos su bendicion. 」

そして、viva San Frrmin! Gora San Fermin!
という叫び声が続く。

今、この瞬間にもエンシエロが開始される。

絶叫にも近い男たちのがなり声が辺りを支配する。
緊張と興奮が交錯し、絶頂に達する瞬間である。

もう後戻りはできない。

走るしかない。