小沢一郎民主党代表の辞任表明
今、各テレビ局で民主党の小沢代表が辞意を表明、その実況を流していた。
余裕なのか、小沢氏一流の強がりからくるのか記者質問に時折「笑み」を浮かべ、相変わらず「政局脳」を巡らせて意味不明な答弁を繰り返している。
それにしても小沢氏の「笑み」は本当に「汚い」し「醜い」。
この「笑み」を浮かべてサミットのような首脳会議で、百戦錬磨の首脳達に囲まれた図を想像すると我が国の未来に絶望感すら生まれそうだ。
民主党の「マニフェスト」をキッチリ読んで以来、この政党が政権を握る事は「容共政権」が出来るという事だと気がついた。
即ち、更に強力な「第2村山政権」の誕生という事だ。
「一度でいいから民主党に政権を担当させて見たい」とする人達は、彼等の「マニフェスト」を全部読んだ事があるのだろうか?
これで新代表が岡田副代表になったら、マスコミの多くは民主党の応援団と化するだろう。
オバマが米国大統領の座について以来、国内外のリベラルの攻勢は強くなるばかりだ。
犬との散歩と躾け
他人のいない公園やドッグランなどで利用する分には構わないが、散歩中に使用するのはやめた方がよい。
大体、犬との散歩自体が、犬が飼い主を散歩させている例が殆どだ。
犬に散歩の主導権を渡してはいけない。
「散歩」とは、犬にとって縄張りへ「狩り」に出掛ける事だ。
その時、リーダーは、あくまで飼い主でなければいけない。
フレキシブル・リードは全てを台無しにするし、犬をあまり好きでない人にとっては、恐怖と非常識の対象でしかない。
日本人は、多くが犬を躾けることが苦手なようだ。
断っておくが、「お座り」や「お手」などを躾けとは言わない。
それは「芸」だ。
躾けとは、最低限「待て(ヤメ、ダメ、イケナイ)」、「来い」そして「側歩」が出来る事だ。
これが飼い主として最低限のマナーのはずだ。
犬は、排泄と罰を関連づけることが出来ない。
「そんな事はない。留守中に違った場所で粗相をしたからこそ、飼い主が帰宅した時にスマナソウニ隠れるじゃないか」…
犬が罪悪感を持つことはない。
犬は飼い主が帰宅し粗相に気付く度に罰を受け、その結果、飼い主の帰宅を恐れるようになっただけなのだ。
犬は学習するが、反省なんかしない。
犬を、人間の自己中心的な貧しい想像力で見てはいけない。
犬は、その太古から受け継いだ本能に従っているだけなのだから・・・
いい歳したヒトについて思うこと
どうもこの数年とても気になり、その度にタメ息ばかりが出まくる事がある。
地下鉄やJRなどに乗って利用駅で下車する時に、ホームでドア前に立って降りるのを邪魔する連中が増えている事だ。
中には降りようとしている最中や、まだ人々が降り切っていないのに、いやそれどころかドアが開いた瞬間に、降りようとする乗客をその網膜に映す事なく、我先に乗り込んでくる連中が実に多いのだ。
問題はその多くが男女の区別なく、何れもいい歳した大人であるという事だ。
しかも「すごく」いい歳した・・・
新幹線、航空機、電車内、ついでに喫茶店で、大声で携帯電話で会話しているのも、やはりこの「すごく」いい歳した大人が圧倒的に多い。
「自分探し」に忙しいこの大人たちは、図々しく、礼儀を知らず、マナーを守らず、モラルも忘れ、自己主張が強く、実に自己中心的に見える。
権利は声高に求めるが義務を果たさず、マスコミの情報のままに流され易く、まだまだ若いと悦にいっている世代である。
「チョイ悪オヤジ」とか、「艶女」とか、「あこがれの海外生活組」とか、「田舎生活」とか、「熟年離婚」とか、「娘と同じ歌が唄える」とか…数え挙げたら限がないが、何か、「大切な自分」さえ満足すれば、という感じがあまりに強すぎる。
所謂70年安保の時代をうまく泳ぎ、バブル時代を享受したこの大人たちは、世代の責任を総括することなく、今日も人の迷惑顧みず、自分だけの人生の旨みを未だに味わおうとしているのだろう。
「誇り」を失くした事にさえ気付かない大人たちの行き着く先に待っているのは、何だろう・・・
ヒト以外の動物は、厳しく、情け容赦のない自然の中で、「子育て」をし、「餌」の獲り方や、「群れ」の中でのルールを教え、「死」の予感を動揺なく受け入れ、「群れ」を離れて、ひとり「死」を迎える。
それが本来の「種の保存」の「リアル」である。
ついでに意訳だが、英国のD・H・ロレンス(デヴィット・ハーバート・ロレンス)の詩の一節に曰く、
I never saw a wild thing sorry for itself
A small bird will drop frozen dead from a body boogh
Without over having felt sorry itself
動物はみじめな顔なんかしない
木の枝から、凍えて地に落ちる鳥は
決して自分を憐れんだりしない