和解成立後⑧ Total Nightmareからの続き

 

 

血栓症のため、心肺停止状態で病院に搬送された元妻ユリは、一命はとりとめたものの、妊娠していた8カ月の子を死産、そして、意識の戻らないままの状態で、何度も「カイトは私のもの! Dragonには絶対渡さない!」と叫んでいたそうです・・・。

 

正直、ぞっとした。

 

いいことも悪いことも、どんなに誠意を込めて何をどう説明したとしても、ユリには僕の言葉を聞く気は全くないし、勝手に自分の思い込みを強めるだけなんだな、と。

 

 

僕から金だけ取ったらさよならして、後は言いなりになってくれる優しいユウヤと一緒に、かわいいカイトとハッピーファミリーをやりたい。
 
本当にユリは、それしか考えてなかった・・・。
 
僕がカイトを愛していて、ずっとカイトと会い続けたい、僕がカイトの父親なんだとカイトが理解して、親子の絆を保ちながらずっと成長していくのを、できるだけ近くで見守りたい、という僕の希望は、僕から金を取った後のユリには、邪魔でウザい以外の何物でもなかった。

 

カイトの気持ちにしてもそう。
カイトが僕になついていて、僕のことが好きだということが、ユリには我慢できなかった。
自分と同じように交際相手のユウヤを好きになって、自分と同じように僕のことを嫌いになって欲しかった。

 

あるのは、ユリの気持ちとユリの都合だけだった。

 

 
それを僕は、一体何だと思って受け止めればよかったのか?

 

意識不明でもなお、「カイトは私のもの!」と叫ぶユリを、子供への愛情深い母と思うべきなのか?
カイトが好きなダディのことを「嫌なおじさん」と教え込み、親子の絆をぶち壊して父を嫌うように仕向けることは、母の愛なのか?
本当にユリの望み通りに、僕は邪魔で用済みなんだから、とっととカイトの人生から出て行ったらよかったのか?

おかしいと思う僕が間違っているのか?

カイトの幸せを邪魔しているのか?

 

・・・考え込んだら頭がおかしくなりそうだった。

 

でも、考えても考えても、どうしても、僕にはそんな風に思うことができなかった。

 

 

僕は死ぬまでカイトの父親です。
それをユリがどうこういうことはできないはずです。

 

ユリと再婚相手のユウヤがやっていることが、誠実で信頼できるものであれば、僕もそこまで揉めようという気持ちにはならなかったかもしれない。

 

でも、離婚後も就職先を探すでもなく、僕がカイトのためにと渡した金を派手に使い続けるユリの姿を見てきて、さらに僕がカイトのために家賃を払い続けているマンションに図々しく転がり込んできて、全く男としてのけじめをつけていないくせに、僕に「カイトくんはきちんと僕らの養子になった方が幸せ」などと、まことしやかにカイトの幸せを説こうとしたユウヤの様子を見て、この2人に任せてカイトがまともな大人に育つかどうかというのは、甚だ疑問だと思いました。

 

自分の分身のような、かけがえのないカイトをこの2人に任せて、金だけ払い続けつつカイトの前からは完全に退場、というわけにはとてもいかない。

 

石にかじりついてでも、僕が側にいて、しっかり目を光らせていなければ、と。

 

 

*****************************

 

 

1週間後、ユリが意識を取り戻したという知らせに、僕は病院を訪ねました。
 
僕が病室に入っていくと、ベッドの側に座っていたユウヤが顔を上げ、ぎょっとした表情を浮かべました。
それと同じタイミングで、点滴に繋がれ、生気を失くした人形みたいな顔をしてベッドに横たわっていたユリが、僕の姿を見て、大きく目を見開きました。
 
「あ、あなたのせいで・・・!!」
「ユリ、落ち着け!!」
 
優男のユウヤが慌てて制したところで、止まるユリではありません。

 

人殺し! みんなあなたのせいよ。あなたが邪魔するから・・・あなたがあたしの人生を滅茶苦茶にして・・・あなたが赤ちゃんを殺したのよ!! 人殺しぃぃぃぃい!!
 
そのまま、わあああああああっ、とユリは大声を上げて泣き出しました。
 
「す、すいません、Dragonさん、とにかく今日のところは帰ってください。お見舞いありがとうございました! とにかく、帰って下さああああいい!! 
 
ユウヤがひきつった愛想笑いを浮かべ、必死にユリをなだめながら僕に叫びました。

 

・・・僕が赤ちゃんを・・・殺した?

 

 

さすがにその状態のユリに何も言い返す気にはなれず、僕はそのまま黙って病室を後にしました。

 

ただ、こんな状態で、これからもカイトと会うことはできるんだろうか、という不安が、再びどす黒いタールみたいに、僕の心に重たく沈殿し始めていました・・・。

 

 

俺だって泣きたいよ…。

 

 

 

続く

 

 

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和解成立後⑦ 病院からの電話 からの続き

 

新しいパートナーとの子を妊娠中だった元妻ユリが倒れて、心肺停止で病院に運ばれた、と聞き、僕は病院に駆けつけました。

 

病院内の家族の待合室まで行くと、そこにはユウヤとユリの両親、そして息子のカイトまでがいました。

 

カイトは何かが起こったことは理解していましたが、それが一体何なのかまではわかっておらず、僕を見ると笑顔で駆け寄ってきて、普通に本を読んだりテレビを見たりしていたので、僕は少しホッとしました。

 

 
少しカイトと話してカイトが落ち着いているのを確認した後、ユウヤに一体何が問題だったのかと尋ねると、血栓症だった、と言われました。
 
血栓症は妊娠中の女性、特に高齢出産の女性がかかりやすい病気の1つです。
心臓に血液を戻す静脈の中で血液が固まり、血栓ができてしまう病気で、その血栓が体内の静脈のまずい位置に詰まると、足がパンパンにむくんで歩けなくなったり、心肺停止を起こしたりして、命にかかわることもあるという恐ろしい病気です。
 
僕は知らなかったのですが、ユリはこのためにしばらく入院して治療をしていました。
しかし、どうしても家に帰りたいと言い張ったため、自分できちんと注射を打てるなら、という条件で、注射の打ち方を習い、最近病院から家に帰ったんだそうです。
 
なぜリスクの高い超高齢出産で、8カ月にもなっているというのに、無理に家に帰ったのか。
本人も、それに同意した家族も、家に帰ることを許可した病院も、なぜそんなことをしたのか。

 

僕が夫だったら、絶対そのまま入院させていた。

 

なぜあと少しだけ慎重に振る舞って、我慢して待つことをしなかったのか。
あれだけの大問題を引き起こして妊娠した子を、あと少しのところで失うなんて・・・。

 

 
それを業といっていいのかどうか、僕にはわかりません。


とにかく、カイトの父親として、また少なくともユリの友人として、手伝えることがあれば何でも言ってください、と僕はユリの家族に告げました。
何ならユリが入院している間は、僕がカイトの面倒を見ますよ、という申し入れすらしました。
 
僕の家はユリの家の近所でしたから、そのままカイトが通っていた幼稚園にカイトが通い続けることも可能だったのです。

 

それなのに、僕がそう言った瞬間、ユウヤをはじめとしてユリの両親も顔色を変え、「いやいや、大丈夫です」を繰り返しました。

 

ユリの両親の家はユリの住んでいた家から電車で30分以上かかったし、父親である僕がカイトの面倒を見るのが当然と思ったのですが、あまりにユリの両親がそう言い張るので、病院で揉めても仕方ないと思った僕は、その日はおとなしく帰宅しました。
 
後から知ったことですが、病院に運ばれたユリは、息を吹き返した後、意識を失ったままの状態で何度も、

 

「Dragonがカイトを取っちゃう! やめて、その子はあたしの子よ!」

 

と叫んでいたそうです。
 
散々好き勝手なことをしてきたユリに、親権は絶対渡さないって言ったこと=連れ去ってもうカイトに会わせない、って話じゃないだろう。
自分が平気でカイトを振り回すことができるから、僕も同じことをやるはずだと思ったのか。
それとも単に、意識を失くした頭で見た、おかしな悪夢のせいなのか。
 
僕にはわからない。
 
 
でも、とにかくユリが意識不明でもそんなことを叫んでいると知っていたユリ側の家族が、僕にカイトの面倒を任せるはずがなかった。
理性的に、何をどう説明したって、僕の言い分を聞くはずがなかったんです・・・。

 

 

続く

 

 

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和解成立後⑥ 僕の答からの続き

 

 

正直、この辺のことは僕でも思い出すのがしんどいです。
今でも何だか、起こったことは夢だったんじゃないかと思ったりもする。
でも、この事件があったから今の状態があるわけなので、できる限り淡々と、起こったことだけを冷静に書いていきたいと思います。
 
*****************************
 
楽しみにしていた息子カイトとの面会交流が、新しいパートナーとの子を妊娠中(8カ月)だった元妻ユリの体調が悪くなったため、あっという間に切り上げられた日の夜のこと。
 
仕事を終え、そろそろ家に帰ろうかなと思っていたところに、携帯が鳴りました。
発信者を見ると、ユリの再婚予定相手のユウヤでした。


用事もなく、元旦那の僕に電話してくるような相手ではありません。
嫌な予感と共に、僕は電話を取りました。

 

「もしもし?」
「Dragonさん・・・? よかった、繋がって・・・」
 
少し震える声でユウヤは僕に言いました。
ユウヤの声を聞き、まずいことが起こったという予感が、確信に変わりました。
 
「ユリが倒れて・・・今病院なんです」
「えっ?」
 
午前中に会ったユリの顔色が、とても悪かったことを思い出しました。
 
「一体どうしたんですか?」
「僕が帰宅したら、クラクラするっていうから、ちょっと横になれば?って言ったんです。そうするわ、って立ち上がって、少し歩いたらそのまま床に倒れて、意識を失って・・・」
「今はどんな状態なんですか?」
「心肺停止状態で病院に運ばれたんですが、とりあえず一命はとりとめました。でもまだ、意識不明です・・・」
 
僕は目を閉じると、1つ息を吐いてから尋ねました。
 
「・・・赤ちゃんは?」
「・・・ダメでした」
 
そのまましばらくの間、僕らは二人とも黙り込みました。
ユウヤは泣いていたかもしれません。
 
僕らは時に、かなり険悪なやり取りを続けてきていたけれど、単純に子を持つ親として、ユウヤの悲しみは理解できました。
 
しかし、ずっとそのまま黙っているわけにもいかない。
とりあえず僕は立ち上がると、ユウヤに言いました。
 
「病院はどこですか?」
「えっ?」
「今から行きます」

 

 

僕が行ったって何にもならないかもしれない。

 

それでも、もしかしたらカイトも、ママが倒れてパニックになっているかもしれない。

 

行くだけ行って、自分の目で状況を確認しよう。

何かできることがあればやるし、ないならないで、それを確認するだけだっていい。

 

とりあえず行こう。

 

 

何もしないで黙って待つ、っていう選択肢は僕の性格上ありません。

 

こうして、僕はユウヤに教えられた病院まで、タクシーを走らせたのでした・・・。

 

続く

 

 

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