「子の最善の利益」について考える④ STOP 「ここは日本なんで~」(# ゚Д゚) からの続き

 


「子の最善の利益」が、今では一人一人の子供が置かれたケースによりかなり解釈が変わり、一概に「これ」という尺度がそのまま全部に当てはまるわけではない、という話を何回かしてきました。

個別の対応が重要だと思われていて、あの子がこうだからうちも同じになる、ということはないんだ、と。

 

でも実際は、子供の監護親を決定するにあたって、地域によって参考にする「要素(factors)」というのはあります。
州によって多少解釈に違いはありますが、根本が全く変わるということもないと思います。
 
今回は、バージニア州の監護権の決定に際して、バージニアの裁判所が参考にする「子の最善の利益」のための最も基本的な考慮要素を見てみましょう。

 

1.子の変化する発達上の必要性を十分考慮した上での、子の年齢、肉体的・精神的状態。

 

2.それぞれの親の年齢、肉体的・精神的状態。

 

3.子の生活に積極的な関わりを持ち、子の情緒的・知的・肉体的な必要性を正確に把握し、それに対応する能力を有しているかに十分考慮をした上での、それぞれの親及びそれぞれの子との間の現在の親子関係。

 

4.兄弟や友人、親族等と子供が築いているその他の重要な人間関係を十分考慮した上での、子の必要性。

 

5.子の養育にあたり、それぞれの親がこれまで、そして将来的に担っていく役割。

 

6.一方の親が、他方の親の子への接触あるいは面会を不当に拒否しているかを含む、他方の親と子との接触や関係を活発にサポートしていこうとするそれぞれの親の姿勢。

 

7.親子の密接な関係の維持に関連した、それぞれの親の意欲及び実証されている能力、また子に影響を与える問題に関して協力し、紛争を解決しようとするそれぞれの親の能力。

 

8.もし当該裁判所が、当事者である子が妥当な知力・理解・年齢・自分の意思を表現するための知性を有していると判断した場合、適切な範囲での子の意思。

 

9.家族内での虐待及び性的虐待の履歴。裁判所がこうした履歴を認めた場合、上述6項の要素は考慮から除外される。

 

10.裁判所が必要であり、決定を行うにあたって適切であるとみなしたその他の要素。

 

(「バージニア州法」第20章(家事編)、第124節 第3項より)

(ちなみに僕がバージニア州法を選んだのは、あくまで要素をきちんとリストアップしている州法の中でバージニアが最初に出てきたからにすぎず、僕の理屈にこれだけがぴったりしていたからではありません。)
 
ここでもわかる通り、とにかくアメリカの「子の最善の利益」の概念では、「どれだけ親子関係をいい形で維持していけるか」に対して前向きでいることが、非常に重要と考えられているのです。
 
そして、「離婚が起こる時点の状態=両親と会えている今の状態」をなるべく維持させることを重要視する。
つまり、「一方的に連れ去って他方の親と会わせない新しい状態」を維持することは、認められることではないんです。


 (第4項なんかも、結局、「仲のいい友達や親以外の親族と離れ離れになって、子供の環境がガラッと変わる可能性があるか」って聞いてることですしね。)

 

 

実際に揉めるようなことがあれば、様々な個別の判例を引き合いに出して、ガンガン裁判\(*`∧´)/をやるのもアメリカの現実ではありますが、基本となる考えというのはこういうもので、連れ去りOK、面会拒絶No problem! !には絶対になりません。
 
というわけで、次回でまとめて今回のシリーズは終わりにしたいと思いますw

 

 

ちなみに、ブロガーの方で日本の法務省に、日本での「子の最善の利益」について最近質問した方がいらっしゃいましたので、その回答をリブログさせていただきます。

 

 

 

法務省、何が言いたいのか、言ってる意味、わかんねえ・・・(^_^;)

 

続く

 

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「子の最善の利益」について考える③ 親権と共同監護権 からの続き

 

 

というわけで、どうしても裁判所が高葛藤で揉めている当事者間のどちらかを主たる監護親(要するに他方の親に優先される監護親≒日本の親権者)として決定しなければならない場合、最近では、「フレンドリー・ペアレント」という考えも、子の最善の利益を決定する際に組み込まれるようになってきました。(日本でも松戸家裁の決定がニュースになりましたよね)
 
これは、もし裁判所が一方の親を選ばなければならない場合、他方の親と子との関係の継続を維持することに、より積極的な方の親を選ぶべし、というものです。
 
 
まとめると、「子の最善の利益」は、今ではケースごとに全く違う適用となっていると言えると思います。

 

最善の利益を測るための「要素」というのもあるけれども、その適用の程度は実際の状況を見て個別に判断しなければいけない。
 

 

だから昔の、「子供が小さいなら自動的にお母さんに渡す」というのはなくなったけれど、離婚件数の多さに照らし合わせて、全く赤の他人である裁判所が、個別のケースにじっくり向き合って、全くかけ離れた供述をして大ゲンカしている両親から根気強く話を聞き、子供の最善の利益を判断するっていうのは、アメリカの裁判所だって現実的に難しいのは一緒なんです。
 
だからこそ、前回お話ししたようなセミナー実施養育計画作成を通して、何とか自分たちで話し合って決めた方が、本当は子供のためにはいいんだよ、子供のことを一番わかっているのは裁判所じゃなくあなた方でしょう、というのが強調されるんでしょう。
 


正直僕には、今の日本の連れ去り容認、何があろうと母親有利という裁判所のシステムが、日本での問題解決のかなりの障害になっていると思っています。
 

 


◎何があっても子供を連れ去ってはいけない。
◎親同士で何があったにせよ、子供はきちんと自分の両親に会い続け、双方から愛情を受け続けることができる。

 

 
これを大前提にして、違反した場合はきっちりと罰則がある、というシステムにしてくれていたら、連れ去りサイコパス親ももう少し話し合いができたんじゃないかな、と思ったりもするのです。(できないかな。サイコパスだからw)
 

少なくとも、連れ去ったり他方の親の子供との面会を妨害したりしていたら、裁判所はあなたに監護権をくれませんよ、あるいは今の監護権を取り上げられますよ、ってわかっていたら状況は違ったと思う。


 
本当のDVで異常な相手から逃げてきた人は仕方ないと思う(すごいDVの話を僕もいくつも聞いているしね)。

 

でも、わけのわからない自分の都合で嘘の供述をして子供を連れ去る親は、自分の不幸に子供を巻き込んで、子供まで不幸に引きずり込むとんでもないモンスター親だと思います。
 
親なら精神的に大人になって、自分と配偶者の関係が壊れたとしても、子供は自分とは別の個人で、その個人と他の人との人間関係を、自分がコントロールしようとしたり邪魔しようとしたりするのはおかしなことなんだ、って自覚してほしいし、裁判所にもそういう認識を持って欲しいと願っています。
 

 

アメリカは「個人」の国、日本は「家」の国のカルチャー。

 

日本で暮らしているとわからない感覚かもしれませんが、僕はヒシヒシとこの「文化的感覚の違い」を感じています。

 

そこから考えれば、「子供は一人の個人」という考え方が日本ではあまり体感として受け入れられていない部分はあるのかもしれません。しかし、多少文化の違いはあったとしても、親と子の間の愛情というのに変わりはないはずと僕は思います。

 

(でもちなみにこういうことを日本の裁判所で実際に言うと、最高に良くて無視、悪かったら心象悪くして、 

 

「ここは日本なんで~。日本には日本のやり方あるんで(# ゚Д゚)

 

とでも言いたげな、意地の悪いことを裁判官から言い出されるのがオチですから注意しましょうw)
 
というわけで、ざっくりと現状を把握したところで、次回は実際の「子の最善の利益」の判断基準要素について考えてみたいと思います。

 

続く

 

 

 

 

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「子の最善の利益」について考える② 子の最善の利益に至るまで からの続き
 
 
日本でいう親権者とは、「子供の責任者」という意味ですよね。
 
僕の印象としてざっくり言わせてもらえば、
「法的な親としての権利義務と、実質的に子育てをする権利義務」
を全部持たせたものが「親権」だと思います。
 
そして、日本では離婚になる時、大抵の場合両親のうち一人をこの「親権者」として決定します。そして日本では現在、実に離婚の場合の9割の親権者は、母親に決められています。
 
親権がなくなった人が子供の親でなくなるわけではありませんが、例えば親権者が、再婚するから再婚相手の籍に子供を養子として入れる、その後200キロ離れた町に引っ越す、極端なことを言えば重病だが宗教上手術は受けさせない等々決めたとしても、非親権者は法律上文句を言えません。

子育てに口出しをすることが、法律上はできなくなるわけです。

 

 
アメリカに話を戻しましょう。

 

 
これまでの様々な研究や試行錯誤を経て、多くのアメリカの州では共同監護という試みが行われるようになりました。これは、一方の親に優先権を与えるのではなく、平等な法的監護権を双方に与える、というものです。
 


本当に半々の割合で子供の実際の養育を続ける元夫婦(近所に住んで、1週間交代で子供がお父さんとお母さんの家を行き来する)も珍しいことではありません。

 

また

 

・一方の親の元に住んで、週末は毎週他方の親のところで過ごす

・火曜と水曜はこっちで残りはあっち

・学校が終わったら夕食まではママの家、それからパパの家に行って寝て次の日はパパの家から学校に行く

・月に数日しか子供とは会えないとしても、学校を決めたり手術をしたりする際の重要な意思決定だけは必ず一緒に行う

・○○歳になったら条件を変える

 

等々、ケースによって本当に多様化し、全く違う取り決めが行われています。

 

そして基本的にはどちらの親も積極的に育児に参加し、コソコソしたりする必要は全くありません(離婚した親が子供の運動会を物陰からこっそり見つめて涙する(ノω・、)みたいなことはないですw)。


 
ただ、これを行っていくためには元夫婦のお互いの協力が絶対的に必要で、高葛藤で精神的に不安定な関係を続けている親の元では、なかなか子供をそれに巻き込まずに実施していくのが難しいというのも現実でしょう。

 

 
実際、あまりに高葛藤とわかっている両親に裁判所が共同監護を認めることはまれです(まあ、ケンカの種になるだけだから、子供も迷惑だよね)。

 

 
はっきり相手が親として異常(DVとか麻薬中毒とか(客観的証拠あり))だとわかっているなら、父親でもこちらに監護権が来る可能性はあるでしょうが、浮気とか性格が合わないとか性の不一致とか、親としての能力に関係がない部分の揉め事の結果で高葛藤になって離婚しようとしているのなら、表面的にでも親として協力できないと、自分が損をする可能性がありますから注意ですねw
 
(そう、忘れてはいけない日米離婚の大きな違いとは、アメリカのほとんどの州は無責離婚(no-fault divorce)システム、つまり、どっちが悪いことをしたかいうことが一切関係なく、どちらからでも離婚を申し立てることができるということです。浮気をしたり暴力をふるったりした方が離婚を申し立てても、それが審理を経れば認められるということ)。

続きます

 

 

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