「子の最善の利益」について考える① ハワイ州の話からの続き
以前にも少しお話ししたと思いますが、子供の親権(監護権)という概念は、アメリカでもここ100年ちょっとの間にかなり大きく変わりました。
大昔はアメリカ(元々イギリス)では、子供は「財産=物」でした。
ですから、財産を持っているのは大抵父親で、男だったので、離婚するようなことがあれば、子供も当然父親のものになりました。
それが20世紀に入り、「幼年者の原則」とも呼べる新しい考え方が裁判所に導入されました。それは、子供が幼ければ、絶対的に母親に監護権を与えるべき、というものでした。それは、子が幼いころは、母と子の繋がりが父との繋がりよりも重要であると裁判所が一括りに決めつけるようなものでもありました。
しかし、子供が年長であれば、やはり父親の方に強い経済力が認められる時代でしたから、子供が大きければ父親が引き取る、というのが一般的ではありました。
それがさらに、経済成長や市民権運動等の流れの中で女性の社会進出が進んだことで、絶対的に女性が経済的に劣っている、あるいは父親が子育てに掛ける愛情が母親よりも重要でないというような考えが、時代遅れとなっていきました。
こうして、多くの州が親の性別のみで判断するのをやめ、性的に中立な立場から、子供の監護権や面会交流を定めるようになっていきました。
ここに、「子の最善の利益」という概念が導入されるようになっていきます。
つまり、母親や父親の養育事情というよりも、「子供の精神衛生をできるだけ安定させていくために、どういう環境が最もふさわしいか」ということが重要視される、「子供のメンタル最優先」という概念になったのです。
1970年代に為された有名な研究の1つに、ゴールド・ステイン教授らによる「Beyond the Best Interest of the Child(邦訳タイトル:子の福祉を超えて―精神分析と良識による監護紛争の解決 (子の最善の利益 1))」というものがあります。
そこで著者が主張したのは、「離婚後の子供にとって最も感情的に必要だと考えられる重要なものは、精神的安定と鍵となる情緒的な人間関係の維持」でした。
しかしここには、そうした精神的安定を子供に与えるためには、現在の日本のように、一人だけの親権者を定め、他方の親の意見や面会を認めない方が子供は安定する、というような概念も含まれており、その後その考えが必ずしも子供の利益に繋がっていないということが議論されるようになっていったのです。
(この研究は大きな議論の対象とはなりましたが、だからといってアメリカの裁判所が数多く一方の親の完全な監護権(つまり親権)を判決の中で認めたというわけでもありませんでした。つまり、一方の親に偏り子供を他方の親に会わせなくてもいいという判断というのは、この時点でもそこまで強く支持されたものではありませんでした)。
そして今現在広がっているのが、共同監護(Joint Custody)という概念です。
続きます。
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