そもそもビジネスモデルとは何のためにあるのでしょうか?


考えたことあります?


筆者もことあるごとに「ビジネスモデルがなってない」などと口走っておりますが、何が目的でビジネスモデルを構築するのでしょうか?


答えは簡単です。


もうけること


です。ここのところ大事です。

モノやサービスが売れることじゃないんですよ。

いくら売れても儲からなければ意味がないです。収支トントンなんてのは論外です。


いかに設けるしくみを作るか、それがビジネスモデルのこうちくなんですよ。


ある小さな町工場で、ボーイングやJAXA、三菱重工とも取引がある機械加工部品製造の会社を訪ねたときです。その会社、航空機関連部品メーカーでは名の知れたところかもしれない知る人ぞ知る的な会社です。


そこのビジネスモデルは「多品種少量生産」でした。

これって当たり前ジャン、と思った人。この後が大事なんです。


この会社、もう何十年も前から他のメーカーが大量生産で設けていた頃から多品種少量というスタイルを続けてきました。だってそうでしょう。飛行機、ましてやロケットが自動車ほど作られませんよね。

自ずと多品種少量にならざるを得なかったわけですが、ここの会社のすごいことは、航空機の部品は一度作ったら何十年も少量の需要があるということに対応するしくみを作ったことです。


具体的な話はちょっとできないのですが、今流に言えば、超分散型生産ネットワークを構築したことなんですよ。

どんなに小さな部品でもそれを在庫として持っていることは企業経営を圧迫します。

要するに自分のところでできないことは全国に張り巡らされた協力工場のネットワークを構築し、即納体制をつくり、最終検品、修正は自社で行うというモデルです。


在庫なしに儲かるしくみは、分散型生産ネットワークの構築にあったのです。

これを40年以上前にかんがえたのだからとんでもないビジネスモデルだと思う。


単に一度の取引で利益を出したりするのではなく、もう自社しか使わないとどうしようもないような仕組みを作り上げることなんですよ。システムやルールを作ったものが勝ち、いまやそういう時代なのです。

自社の属する産業が成長産業かそうでないかを検証してみたことがありますか?


世間一般で言われる話や業界関係者での話題などなど・・・

それって本当に根拠があるのでしょうか?

実際、合理的に検証されたものでしょうか?

本当に自社の属する地域もそうなのでしょうか?


産業が成長しているということはその地域の当該産業の事業所数が増加している、もしくは増加幅は小さくとも雇用が拡大しているといったことで簡単に検証できます。

地域において自社の属する産業が雇用増大効果をもたらしているかどうかが斜陽産業か成長産業かを判断できます。


同じ産業でも地域によってそれが斜陽産業となっていることもあり、成長産業となっていることがあることにお気づきでしょうか?


それを検証するために「事業所統計調査」を活用すると簡単にできます。

自社の属する産業小分類(3桁コード)で過去最低10年分(できれば30年分)の全国における事業所と従業者数の増減、自社の属する地域(都道府県レベル)での増減を比較してみることをお勧めします。


一般的に成長産業と言われるものが、実は斜陽産業となる傾向があったり、その逆もあります。

もちろん、地域によっても異なりますので、自社産業のポジショニングを確認することは今後のビジネスモデルを検討する上で重要な基礎的データとなります。


成長産業ならば成長ベクトルをどう考えるか?

斜陽産業なら、生き残りベクトルをどう考えるか?撤退するか存続するか、他地域に移転するかなど様々な選択肢があるはずです。


こうした統計に基づく客観的なデータ分析に基づき、自社産業のポジショニングを捉えてみてください。

低次元化というと誤解があるが、マーケットのレベルが下がっているとか、要求されるスペックが下がっているということではない。


今の国内マーケットについて、マズローの欲求5段階説から考えてみたい。


マズローによると人間の欲求は低次元から高次元へと段階があがっていくとされ、その段階は、


生理的欲求→安全性の欲求→社会性の欲求→っ自我の欲求→自己実現の欲求


という5段階を高次元の方向に推移していくというものである。


一般的には先進国は低次元の欲求は満たされより高次元の欲求への対応が必要といわれる。


果たしてそうであろうか?

筆者はむしろ低次元の欲求へのニーズ、すなわちマーケットにおける欠如が生じているのではないかと思う。


例えば、婚カツビジネスが盛況なようであるが、これは3段階の社会性の欲求への対応ではないか?

社会性とは家族愛や人間関係の安定を求めるものであり、社会の最小構成単位である「家庭・世帯」というものが得られなくなりつつあるという市場の欠如に対応したビジネスである。


もっと大きな成長分野として、新政権が掲げた途方もないCO2排出削減目標であるが、政策誘導型ではあるが既にマーケットは環境ビジネスの展開を歓迎しており、省エネ家電、ハイブリットカーが売れている。

もちろん政策的支援の効果もあってマーケットを下支えしているのは確かであるが、なぜ環境なのだろうか


これはより低次元の第2段階の安全性への欲求から生じた市場における欠如を埋めて欲しいというものであり、環境ビジネスは低次元の欲求、欠如に対応したものではないか?要するに自分たちの住む空間が安全ではなくなっていることへのニーズの現れである。

ただし、エコ意識の強い需要層に対しては高次元の自己欲求の実現というものにもつながるので一概に低次元欲求への対応といえるものではないかもしれない。


さらに低次元の欲求に対するマーケットの欠如に対する対応事例をみると、食の安心・安全性が求められ、生きていく上で必要不可欠な食というものにまでニーズが広がり、有機栽培野菜など、より健康リスクの小さい食品に対して、決して安くはい食品が売れている。これは第二段階の安全性の欲求を超えて生理的欲求段階に基づくものともいえよう。


こうした例をあげると様々な商品・サービスがマズローの欲求段階の低次元方向にシフトしている傾向があると筆者は考える。


もちろん高次元の欲求に対応するための商品・サービスも存在しすべてがそうではないが、低次元の方向にシフトしている傾向も見逃さないでほしい。


こうしたマーケット全体のニーズまたはウッオツに的確に対応したビジネスモデルを構築することが肝要であるので、こうした見方もあるという参考にしていただければ幸いである。