'85年末、北京で始まった航空管制レーダシステム9式の
契約は成立した。北京の中国民航総局で契約仕様書の
詳細化作業が連日続けられた。民航側も真剣で連日内部会議
が開かれたらしい。12月30日になって民航側の代表から
「おめでとう、みなさんはお正月を日本で迎えられるでしょう」
とのことばがあった。当初バラバラだった技術と購買とがチーム
として結論を得たらしい。共産社会と云えども、
人と人の繋がりはどこでも同じだと理解できた瞬間でした。
当時、T社の北京事務所は北京飯店にあった。そして道路は
人民服と自転車で溢れていた。そして解放政策の鄧小平は
'78来日、'79訪米していた。まだ天安門事件(’89/6/4)以前
であった。なおこの時中国語ペラペラの商社員通訳(帰国
子女)の活躍は深く記憶に残っている。
易しい中国語020(航空管制の現状と将来):
https://ameblo.jp/daddy3/entry-12768339262.html
易しい中国語018('85中国民航商談):
https://ameblo.jp/daddy3/entry-12767908456.html
