のじまです。
今回は農業コラムを発表させてもらったイベント「JAZU」について書こうと思います。
JAZUに参加するのはこれが3回目だ。
最初の印象はどうでしたか?と聞かれたら、
「出演者がすげえ」「やべえ」と答えただろう。
JAZU初回、最後の出演者はラッパーだった。
MCビル風邪と名乗る青年は埼玉の地方都市春日部の名前をひたすらに連呼しながら酩酊と熱病を一身に背負ったようなパフォーマンスを見せた。
たびたび息切れしそうになっては宙を仰ぎ、しかしそれでも歌うのをやめない。
僕はその姿にいくつかの像を重ねた。
それは生活をかけたフードファイターの最後の一皿の表情、コピー商品を台車に乗せて売る老女と警官の追いかけっこ・イン・タイワン、賭博場の眼差し、九月のアブラゼミ。直面している物事に対して、何としてもやり抜かなくてはならないという勢いで取組むすごさを見た。
「俺は音楽にとりつかれているんだ。だから、音楽とほかのものを比べられない。音楽をやめられないんだ」
その姿はシンガーとして頑張っていたバンドの親しい先輩を彷彿とさせた。
彼は音楽のことを尋ねると、決まってこういった。そして、その言葉通りに音楽にとりつかれていた。
スカイプで話すたび、彼は決まって音楽のことを話題に挙げた。そして、新しく作った曲のことを楽しそうに話した。
作曲工程の裏には今回のためにそろえた機材についての苦労話が挿入され、話がそこにたどり着くとまさに大団円だというように笑いながら。
「俺は音楽を一生やめられないんだろうな。たぶん」と、先輩はいう。
「ほかのやつらはみんな、会社に勤めているうちに情熱を失っているよ。でも、俺はそうはいかないんだと思う」
「だから、歌うことをやめられないし、ギターを手放すこともできない」
この「何其れに取りつかれている」というところ。
何としてもやめられないから、俺はこれをやる、という純粋な気持ち。
これがまさに、JAZUの本質なのではないかと感じた。
MCビル風邪さん然り、いつも個人的にお世話になっている運営の入江さん、今回トリを務めたcarpoolの皆さんもそう。
みんな、ものすごいエネルギーに取りつかれて何かをしたくてたまらなくなっている。そこで音楽でも写真でも映像でも、芸術という形でそのエネルギーを解放しようよ、というのがJAZUなのだ。きっと。
こだわっているのはそのエネルギーの強さだから、ジャンルをわざわざ固定しない。そういうところにも面白味がある。
僕の好きなバンドに人間椅子というバンドがある。
そのフロントマンの和嶋さんは、「僕は音楽をやっていなかったら犯罪者になっていたかもしれない」とまで語っている。
これを見た率直な感想は、「ここまで言えたらすごいな」だ。それだけのエネルギーを体の中に蓄えたまま、芸術で一本で生きていくとしたらこれはすさまじいことだ。
僕も書くことを職業にしたいと考えている以上、それくらい言えなければならないと思う。言葉を書いて、それで人の足をくじき、心臓を突き刺すほどのパワーをその中に込めなければと思う。
ところで、ここまでは芸術において「何かに取りつかれる」ことのパワーを語ったが、これは農業からしてみれば非常にたやすいことだ。
なぜなら、食べることは人間が本能的に取りつかれていることだからだ。
楽器を始める、写真を撮るためにカメラを選ぶ。ソフトをそろえる。芸術のスタートは煩雑だし、今すぐというわけにはいかない。その上長く続けることも難しい。
しかし、食べることは自然に習慣化されている。食べることはどこにでもあるし、逆にそれなしでは僕らは存在できない。強目的な行為。
これをうまく踏まえつつ、自分たちのイベントに生かせれば、と思う。
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【おいしいものを食べる会】
―eat_happy主催・食がつなぐ学生の交流の場―
【場所】:カフェnorari-kurari(早稲田駅)
【日にち】:9月24日(土) 時間:14時~16時(10分前集合)
【値段】:1300円前後
【提供内容】:おいしい巨峰デザート2品+ドリンク+農業コラム
参加者募集中!!
→eathappy7@gmail.comにフルネーム・学校名を書いて送信!