今年は、転職を2回した。
1回目は、部門自体が撤退するのに合わせて僕も実質的に会社を移る選択をしたというのが動機だった。2回目は自分でも明確な理由はなく転職をした。別に会社に残っても残らなくてもどっちでもよかった、というのが本音だった。
端的に今年を振り返ると、軸がなくなった年、と言えるかもしれない。感覚で言うと、すべり台みたいな感じかな。今までは登り階段だったのに、それが急にすべり台になって、ピューっと滑り落ちていく感じ。蓄積していた知識がなくなったわけではないんだけど、何のために知識を得ていたのか、何のために働いているのかとか、全部分からなくなってしまった感じ。
起業の誘いが来て、無給で誰かを手伝ったり、前職のつながりのそのままに副業を手伝ったり、ピアノ始めたり、子供の時間をめちゃめちゃ増やしたり。ぶっちゃけ全然心休まらないくらい色々詰まっているんだけど、何のために自分の時間に縋り付いているのか、わからなくなった。すべり台で落ちるのは嫌で必死にもがくのだけど、上がっていかないのよね。登るはずの階段の先が見えないのよ。
だいぶ精神的に参った。一度滑り台を落ちてしまうと、今までの場所への戻り方が分からないのと、あと、その滑り台が登るべきものなのか、分からなくなる。真横に本当の自分がいるはずなのに、もう戻れない感覚。
ここまでは、悪い話。
ここからは前向きな話。
友達が、8年半勤めた会社をやめたのだけど、今まで理由が「社会に対してトライしたかったから」っていう理由。
僕はどうだったかな、と振り返った時に、やっぱり「本質に向き合える存在になる」ってのが、一番なのかなと。野菜の会社にいた時もそうだけど、美味しいと思えるものを美味しいと思ってくれるように届けることって本当に難しい。価値を持っている人、届けたい人が、それを届けたい人に届けられるようにと言うのは、だいぶハードルが高い。届けたい想いがあっても、それで終わってしまう人がほとんど。だから、僕は本質に向き合っていたいな、と自戒をこめて思う。金儲けからスタートしたビジネスを形にすることは実は容易いのだけど、だけど、本質的な還元に根ざしていないから、最後はころっと変わってしまう。ブレてしまうのがむしろ良しとされる説がある。
だから、僕は本質を追求していきたい人が、方法論としてその願いを届けるのを手伝えるようになりたいなと。それが軸なんじゃないかな。カスタマーサクセスは、部門・職種ではなくて、価値提供の方法論なんだと思うのよね。今年は自分のお金儲けだとか、そう言う方にフォーカスしてしまって、自分が全然「方法論」の追求をできなかったなと。無論付き合っていく相手も選ぶことができなかったなと。来年は、もっと自分のできる本質への寄り添い方を突き詰めていきたいし、それがもし自分が8年間会社を続けるならその理由になるんじゃないかな。