一番感動した景色って何か、って言われたら、
インドネシアから日本に帰ってくる中から見た羽田空港の夜景って答えるな。
大田区の工場地帯の光が幻想的で、日本に近づいていくほどにその光が大きくなってくる。
工場の光って暖かい黄色みがかった暖色をしていて、
で、夜なのにそこだけ昼のように瞬いていて、人間の力で世界は成り立ってるんだなぁ、と実感した。
そうしたら何故だか涙が出てきて、声にならないようにしたのだけど、溢れ出てきた感動が抑え込めなかった。
他のどの世界の景色なんかより綺麗だとか、絶景だ、とかいうわけではなくて、自分が生きている感覚を実感できたから涙が出たんだと思う。孤独な戦いを続けて、社会から自分が孤立してしまった気がしていても、それでも自分は社会に繋がっていて、社会は回っているんだな、と。
こういう自分に刻み込まれる景色を見るために僕たちは生きているんだな、と思う。
逆に言えば、この景色を見ること以外は、景色が見えなくてもひたすら前に進むしかない。
直線的な世界の中の行き着く先には、他の到着点が見えると信じている。
◆◆◆
一方で、この景色を見ようと思ってしまうと、日々は空っぽになってしまう、そう最近気づいた。
プロセスは暗いトンネルのような感じで、悪いことには、出口はありそうな気がするけど、実は出口に近づいていない、そんなトンネルなのだ。
だけど、この暗いトンネルは、実は毎日が楽しく、光に満ちていることに、実は気づきづらかったりする。
ちょうどつけたテレビでやっている映画に感動したり、ちょうど聴いたラジオが人生を変えてくれる気がして、明日からも来週からも頑張ろうという風に思えてくる。
こんな反復的な世界の中でトンネルの進み方を工夫する必要がある。
なんとなく進んでいる毎日に楽しみがなければ、立ち止まってしまう、けど立ち止まっていることは許されないのが世の中だったりする。
直線と反復、どちらが正解というのはなさそう。
ただ、自分が生きるフェーズそれぞれで、どちらを意識して行動したほうが良いかは自分に問いかけたほうがよい。
道に迷った時には、大概どちらかが失われてしまっている。