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OldLionの備忘録

年老いたライオンは錆びない。狩りを続け、振る舞いは日々深みを増していく。
いつまでも自分を忘れず、狩りを忘れぬライオンでありたい。
そんなライオンになるための日進月歩。

月曜から夜更かし、好きで見ているのだけど、

たまにガチめで悩みを抱えている人を茶化して編集しているのに、心がチクチクすることがある。

(編集が悪いと言っているわけではなくて。)

印象に残っているのが、たまたまインタビューされたおばちゃんが、家で料理を振る舞うのだけど、インタビューを通して心を開いていって、で最後にいぢられていたのに「ありがとう」って言って涙をこぼしちゃうシーン。

 

こんなふうに、人との接点を持ち、誰かと話をすることが心に潤いをもたらすことことってある。と思う。

それは偶然の関係から生まれるもの。予期しない全然関係ない第三者から認められるから、自分が生きてきた意味を感じられる節はある。もちろん友人や家族から「ありがとう」とか「愛している」とか言われるとありがたいけど、日々の生活でそんなこと遠慮して言えないよ、っていうことはままある。もしくは、そんな身近な人が全くいないということだってある。

 

だから、つながりの薄い、微妙な友達・もしくは知らない第三者くらいの関係性からもらえる感謝ってプライスレスだと思う。

 

◆◆◆

 

けども、感謝をしてもらいたくて、いいねと言ってもらいたくて、人生を生きているわけではない。

自分に自信が持てなくなって自分が何もアウトプットをしなくなると、誰からも何も言ってもらえなくなる。というか繋がりがなくなっていく。

そして誰からも声をかけられず、自分が暗闇に落ち込んでいく。そしてもっとうちに篭っていく。

こんな負の連鎖、経験したことないだろうか。

 

「孤独」というものがいかに深刻な社会問題か、を最近考える。

僕も負の連鎖に陥っていたし、まだ完全に好転させられていないから。

 

◆◆◆

 

「ライフシフト」という本によると、現代では年齢のインフレが進んでいるらしい。

昔よりも、生きる寿命は伸びてきて、健康に過ごさざるを得ない期間がどんどん伸びている。

もしも負の連鎖に陥っている人がいるならば、健康こそが「自分の人生を束縛するもの」「目に見えない終わりのなさ」を感じさせるものなのではないか。

 

今までは65まで働いて、余生を10年くらい過ごして家族に看取られるってのが普通だったのに、全然死なないのだ。

家族も全然お金を持っていないから自分でなんとかしなきゃいけないし、一緒に過ごす人誰もおらんし、とか。

 

もちろんこれは現役世代も蝕んでいる。65歳で定年を迎えた時に、終わりをイメージできないならば、自分は働き続けなければならないのか、死んでも嫌な労働が苦役として先々も待っている感覚。

 

◆◆◆

 

現代は、まるで終身刑のようだ、と思わざるを得ない。働けども働けども、何も変わらず、貯金できず、つながりも出来ず、悶々としている間に、自分の面倒を国が見てもらえるかもわからない。必死に働いた先で、死に場所は孤独な独房の中という未来への恐怖。

僕は30前半だけども、今若くして働いている世代ほど絶望を感じているのではないだろうか。

だって終身刑の最初なのだから。

 

本当に自分達の現実への向き合い方をアップデートしないと、終身刑を抜け出すことは出来ないと感じる。

負の連鎖に陥らないこと、陥ったとしてどのように掬い上げられるのか、を社会でデザインしないといけない。