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OldLionの備忘録

年老いたライオンは錆びない。狩りを続け、振る舞いは日々深みを増していく。
いつまでも自分を忘れず、狩りを忘れぬライオンでありたい。
そんなライオンになるための日進月歩。

僕の前職の会社では、理想の働き方の小噺を冊子の形で配布していたのだけど

その中に「大きな石を先に入れろ」という話が紹介されていた。

 

その話曰く、自分の人生や時間の使い方は水槽に例えられていて、人生で自分にとって大事なこと、つまり大きな石を先に入れないといけないのだということらしい。つまらないこと、つまり水槽をちょっとずつ満たしていく手軽な砂利だったりを先に入れてしまうと二度と大きな石を入れるスペースはできない。ひいては人生全体がつまらないものになってしまう。

だから、優先すべきでないことをきちんと見極めよう、と。

良く自己啓発本でも目にする内容だ。

 

この話を尤もらしく10年くらい信じてきたけれど、現実のイメージはちょっとずれている気がしている。

10年前に大きな石だと思って自分の人生に注ぎ込んでみた情熱や時間は、10年という月日が立つと本当にどうでもいいことになっていることがほとんどだ。例えば30歳にとって10年前は20歳で、20歳にとって10年前は10歳で、この人生のフェーズ毎に自分が大事にしていることなんて違って当然だ。今は子供の成長という石をどうやって自分の水槽に入れようか考えている。20歳の自分はどうやってアジアに貢献できる人材になるかばかり考えていた。


時間を経るに従って大きな石だと思っていたものが突然萎みだしたり、逆に砂利が膨らんできたりして、アップアップしてしまう。自分の水槽の形を変えるか、水槽の容量を広げてあげるか、もしくは一旦中身を捨てるか、どうしようと毎日ぐるぐると考えを巡らせ・悩む。それが歳をとることなんだな、と最近自覚する。

 

石の大きさなんて詰める時に考えてもさして意味はない。詰めた石の大きさは入れた瞬間から変わっていく前提で日々を過ごした方がよっぽど自分の人生に深く・広い意味づけができるのではないか。

 

◆◆◆

 

現実のに詰め込んでいくもののイメージは、岩なんかよりもむしろ水に近いと思う。

水槽の中に入れるものは予め体積が決まっていない。しかも水を注ぐ先の水槽のサイズもわからない。
だから溢れかえることがあって、溢れかえるたびに一度水を止めてみたり・新しい大きな器を用意できるように努力してみたり・別の蛇口から水を入れてみようとする。

 

自分ではどれだけ溜まっているかはわからない。ただ側から見ると入れている水の量や水槽の形は見えていて、その人の人となりを評価することができる。沢山の水槽を用意して水を注いでも良いし・大きな水槽を用意して愚直に注ぎ続けるのでも良い、周りのみんなはそれをみて「すごい」とか「美しい」とか言ってくれる。

 

自分がどんな風に水を入れるかも、それをどう評価するかも正解がない。

だから、どんな場面でも「今まで溜めてきた水を捨てないこと」が大事だと思う。
(飽くまで他人からの評価が必要な現代においては)