松の日に想う
1981年(昭和56年)のこの日(5月8日)、初めて「日本の松の緑を守る会」の全国大会が奈良市で開催された。また、5月4日の「みどりの日」に続いて松の緑が最も輝く季節であることにちなむ。
日本の代表的な樹木の松をいつまでも大切に保護して行くことが目的。
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松の名前の由来は、神が木に宿るのを「待つ」が転じてできたとする説がある。他にも、木に宿る神を「祀る」、冬を含めて長いあいだ緑を「保つ」が転じてできたとする説、葉が「まつ毛」に似ていることに由来する説、葉が二股に分かれていることから「股(また)」が転じたとする説など諸説ある。
日本では古くから神の宿る神聖な木とされてきた。また、冬でも青々とした葉を付けることから、不老長寿の象徴であり、おめでたい樹の「松竹梅」では最上級とされる。
正月に家の門に飾る門松には、年神を家に迎え入れるための依り代という意味合いがある。
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再建された鶴ヶ城
土井晩翠作詞、滝廉太郎作曲の不朽の名作 「荒城の月」
春高楼の花の宴 めぐる盃 かげさして
千代の松が枝 わけいでし 昔の光いまいずこ
秋陣営の霜の色 鳴きゆく雁の数見せて
植うるつるぎに照りそいし むかしの光いまいずこ
いま荒城のよわの月 替わらぬ光たがためぞ
垣に残るはただかづら 松に歌うはただあらし
天上影は替わらねど 栄枯は移る世の姿
写さんとてか今もなお 嗚呼荒城のよわの月
この城と松の枝の場所は、会津若松鶴ヶ城・仙台城等所説あるが、土井晩翠は仙台出身である。会津鶴ヶ城にも、仙台城にも訪れている。滝は、古郷の「高城」をイメージしたといわれている。
土井は会津若松鶴ヶ城落城のおり、山本八重(のち、新島 密の妻)が城の壁に残したという
あすの夜は何国の誰かながむらむ
なれし御城に残す月かげ
の歌も知っていたとされる。城・月・松・・・何かものか悲しい。
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昭和天皇の御製(和歌)昭和21年歌会始
ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ
松ぞををしき人もかくあれ
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明治天皇の御製(和歌)
敷島(しきしま)の大和心の雄々(をを)しさは
ことある時ぞ あらはれにける
皇居外苑
美保の松原「神の道」
爺様:松の木も、クロ松、赤松等は、枝ぶりも良く「いいな~」と思う。
北海道は、エゾ松・トド松が多く、木もまっすぐ上に雄々しく伸びている。
松の日に「お粗末」でした。