春の和歌
古今和歌集から
色よりも香こそあはれと思ほゆれ
誰が袖触れし宿の梅ぞも
読人知らず
花の色よりも香の方が素晴らしいと思われる、いったい誰の袖が触れて、その移り香の薫るこの家の梅なのだろうか。
梅の花にほふ春べはくらぶ山
闇に越ゆれどしるくぞありける
紀貫之
梅の花が香る春の頃には、暗いという名を持つくらぶ山を闇夜に越えても、かぐわしい香でその在り処がはっきりと知られることだ。
月夜にはそれとも見えず梅の花
香を尋ねてぞ知るべかりける
凡河内躬恒
月夜には白い光にまぎれて、梅の花はそれと見分けがつかない。香りを探し求めていって、その在り処を知ることが出来るのだ。
山桜我が見に来れば春霞
峰にも尾にも立ち隠しつつ
読人知らず
山桜の花を私が見に来ると、春霞が山にも山裾にもたなびいて花をずっと隠している。
世の中にたえて桜のなかりせば
春の心はのどけからまし
在原業平
この世の中にまったく桜というものが無いとするならば、春の人の気分はどれほどかのんびりとしたものだろうに。
見渡せば柳桜をこきまぜて
都ぞ春の錦なりける
素性法師
眺め渡すと、柳と桜とをしごき取り、混ぜ合わせて、都は春の錦そのものの美しさだったよ。
久方の光のどけき春の日に
しづ心なく花の散るらむ
紀友則
日の光がのどかな春の日に、どうして落ち着いた心もなく桜の花は散るのだろうか。
桜花咲きにけらしなあしひきの
山のかひより見ゆる白雲
紀貫之
桜の花がどうやら咲いたらしい、山の谷あいから見える白雲は。
み吉野の山辺に咲ける桜花
雪かとのみぞあやまたれける
紀友則
吉野山に咲いている桜の花は、まるで雪かとばかり見まがうことだ。