人吉鉄映会です。
今回の懐かしの人吉・球磨鉄道写真は「くまがわ号」編をご覧いただきます。
くまがわ号ヘッドマーク(3代目 S34年)
人吉球磨地方を運行する肥薩線におきましては、昭和30年代から平成年代に渡って、九州を縦断する人々の移動の足としてDCでの優等列車が設定されていました。その1つ「えびの号」に関しては過去に4回に渡ってご紹介させて頂き、肥薩線初の特急列車でキハ82系で運行した「おおよど号」におきましてもNゲージ発売記念としてご紹介させて頂きました。
その他の優等列車としては「くまがわ号」・「やたけ号」がありましたが、今回は「くまがわ号」ついてのご紹介です。
「くまがわ」とは九州南部の人吉盆地を貫流する「球磨川」のことで、「日本三大急流」の一つとなっています。市房山を源流とし、日本一の清流と呼ばれる川辺川を支流に持つ一級河川です。八代-人吉間の肥薩線は球磨川に沿って敷設されており、「川線」と呼ばれております。SL人吉が球磨川沿いを走っている映像をご覧になった方も多いことでしょう。
球磨川沿いを走るSL人吉(鎌瀬付近)
球磨川は地域に農作物への恵みを与えているだけではなく、人吉観光名物「球磨川下り」やラフティング(列車通過時には乗客に手を振って応えてくれます)、鮎釣りといった観光資源も生み出しています。正に球磨川と共にある人吉・球磨地域です。
そんな地元に愛される川の名を冠した「くまがわ号」ですが、「北九州への日帰りビジネス列車」として誕生しました。
1959年(昭和34年)4月1日 準急くまがわ開通式 @人吉駅
球磨川の流れを表現した初代のヘッドマーク。この日の出来事を「人吉駅頭は溢れんばかりの人出となり、お祝いムードに包まれた」と新聞が報じています。それほど地元の方には待望していた列車の誕生でした。約300名の乗客を乗せたくまがわ号は当時の人吉市長、市議会議長ら関係者に見送られ、午前7時27分に人吉駅から一路、門司港駅に向かい出発しました。
808レ 人吉-門司港 キハ55 35+キハ55 114+キハ26 5+キハ26 6
くまがわ号の運行は
準急時代 1959(S34)年4月1日 ~ 1966(S41)年3月4日
急行時代 1966(S41)年3月5日 ~ 2004(H16)年3月12日
特急時代 2004(H16)年3月13日 ~ 2016(H28)年3月25日 の3つの運用がありました。
まずは1959(S34)年4月1日の運行開始前に同年3月13日から博多-人吉間で試運転が開始されました。
1959(S34)年3月13日試運転開始当日 人吉駅
ヘッドマークが「試運転」 開通写真と同アングル
くまがわ号試運転 1959(S34)年3月13日 肥薩線 渡-奈良口
運用開始後は人吉・球磨から熊本・博多・門司港方面の足として大いに利用されていました。
「えびの号」(右)と 肥薩線 段駅
1960(S35)年5月19日 くまがわと書かれただけのヘッドマーク
えびの号は1959(S34)年5月1日運行開始ですから、くまがわ号とほぼ同期生と言えます。
球磨川沿いを走るくまがわ号 808Dレ
肥薩線 一勝地-大坂間(現球泉洞)
1960(S35)年10月23日
特急色 準急くまがわ 人吉西方 810Dレ
1964(S39)年2月26日
この時期の列車編成は前後がキハ58で中間にキロ25のグリーン車が設定されています。
急行に格上げされたくまがわ号 1118Dレ 肥薩線 白石駅
1969(S44)年8月12日
8両編成の特急くまがわ号 人吉駅
1970(S45)年12月31日
資料によるとこの時期のくまがわ号は基本7両編成だが、年末年始などの繁忙期はキハ58を増設していたようです。
1972(S47)年3月のダイヤ改正で下りの1117Dレの終点が人吉から湯前線終点の湯前駅になりました。 上り(1118Dレ)はそのまま人吉駅発です。また1980(S55年)ダイヤ改正で上り終点が門司港から博多に変わっています。
球磨川沿いを走るくまがわ号 肥薩線 那良口-瀬戸石
1983(S58)年8月3日
今回はここまでです。この続きはまたお送りします。ご覧いただきありがとうございました。
医療従事者の方に心から感謝申し上げます。皆様、お体ご自愛下さい。





















































































