ゆっくりなまいにち -5ページ目

ゆっくりなまいにち

人間万事塞翁が馬

 

 

今日は看護の日です。

なぜ今日が看護の日かというと、フローレンス・ナイチンゲールの誕生日だからです病院

ナイチンゲールは、看護学を学ぶ中で最初に登場する人物でした。

また、学校ではナイチンゲールの像が飾られていましたし、ナイチンゲールの書いた『看護覚え書』は今でも手元にあります。

 

 
 

 

ナイチンゲールの生い立ちやなぜこのような偉大な人になったのかについては長くなってしまうので割愛させていただきます。

 

よく「看護師になろうと思ったきっかけ」を聞かれるのですが、私は一般的な回答ではないと思います。

よくあるきっかけとして、いくつか例を挙げてみます。

 

「小さいとき入院して看護師に憧れた」これはすごく多いきっかけですね。

私は小さいときから身体が強くて、風邪は引かない体質でした。だからクリニックにも、大きな病院にも行ったことありません。

看護師はすごく縁のない職業でした。

 

「家族に医療従事者がいる。」というきっかけも多いと思います。

私の場合は、母はパン屋さん、父はサラリーマンという家庭で育ちました。

親戚にも医療関係者はいません。本当に無縁な生活をしていました。

 

では、なぜ私が看護師になろうと思ったのか。

高校生の時にアメリカンフットボール部のマネージャーをしていたことから、この経験を活かしたいと思ったのがきっかけです。

また、精神的な支援についても多くを学びました。「この選手にはこういう励まし方がいいな」とか…。「こういう関わり方をすると成績が伸びるんだ!」など高校生ながらにいろいろと考えて試行錯誤しながら選手と関わっていました。

その体験から、人間って面白い!と思って、医学と人間を結ぶことのできる看護師を目指すようになりました。

 

きっかけは、どんなであろうと目指す道は一緒でしたので、看護学部の同期はすごく仲良くなりました。そして、みんなすごく強い正義感を持って様々な現場で看護をしています。

私の同期は今、1年目で新人というすごく大変な時期を送っています。また、慣れない生活の中で、友だちにも会えない。帰省もできない中で、とても大変な状況だと思います。


私は、そんな中で何をやっているんだろう…と思うこともあります。でも今の私にとっての大事なお仕事は「ゆっくりすること」なので、仕事を全うするべきですね。

いつか同期と同じように、そしていつか憧れたように、臨床現場で働く看護師になりたいですね。

 
そして、私の同期を含めて、今世界で働く医療従事者の方々に感謝をしています!

 

今日は暑いですね~。

太陽がカンカン照りの状態だと、外に出られないのですごく嫌です。

SLEの症状で、日光過敏症がありますが、私はこの症状が出たことはありません。

なんなら、高校の時までは外で部活をしていました。高校生の夏は、真っ黒焦げになっていました。

大学生になってから、外に出る機会も減ったし、白くなりたくて夏は日傘をさすようになって、日光とは無縁の生活を送っていました。

今は、大学を卒業して、休職をしている+コロナの自粛で、外に出る用事もないので、ほとんど日光に当たっていません。自分が日光過敏症なのかわかりませんが、病状を悪化させたくないので、今後も日光とは無縁の生活を送ることになります…。

 

太陽は昔から大好きでした。太陽が好きだから、「太陽のような人になる!」と毎日笑顔で、誰かを照らそう!と思ってた時期もあります(今もそう思ってるけど恥ずかしい)

小さいときは外で遊んだり、プールに行って真っ黒に焼けて帰ってきたり…

だからこそ嫌いにはなれないけど、避けてしまうのが悲しいです。

 

SLEは原因がはっきりとわかっていない病気です。そのため何を責めたらいいのかわからなくなります。

「あの時のあれがいけなかったのかな??」なんて、毎日考えています。

私が思うSLEになった原因

・小さいときから免疫が強い(遺伝?)

・小さいときからよく外で遊んでいた(日光)

・高校生の時に最高に焼けた(日光)

・大学生時代の多忙な生活(ストレス)

・発症2週間前に行ったヨーロッパ旅行(ストレス)

・コロナウイルスとの関係

 

まとめるとこのような感じです。まあ、この原因がわからないから難病なんですけどね(笑)

 

とにかく、人生、無理しすぎだよ!少し休みな!って誰かが言っているのか、神様がそうしてくれてるんだと思うことにしています。でもせっかちな私は休むことが辛いんですけど…。

 

もしかしたら、まだSLEということを受け入れられていないのかもしれませんね。

 

働きたいー!!

 

と最近は、よく言っています。

人間働かないと、適度なストレスがないとだめになってしまう。なんて事も聞いたことがあります。

(なにで聞いたかはわかりませんけど…)

 

SLEになったのが、大学卒業後の3月であった私は、まだ社会人経験がない状態です。

しかも、技術や知識は現場で学ぶのに、それさえできないくせに看護師の国家資格を持っているという不思議な状態です。

まあ、新卒の看護師が必ずしも大病院の病棟看護師になるという法律はありませんし、

外来で働いている人、進学(大学院など)に進む人や、企業に勤めたり、訪問看護師になったり。

看護師の道は様々なんですけど。

でも、私の人生設計では、国家資格合格後、技術や知識を身に着けもっとスキルアップするためにも、まずは病棟で基礎的な知識を身に着けたかったのです。

しかし、スタートの時点で出遅れてしまっている、もしくはスタート地点にも立てていない状態ですね。

実際、本当につらいです。そして悔しくて、悔しくて、たまにぐわーーーっと泣いてしまいそうになります。

 

私のように、SLEは 子供を産むことの出来る年齢、特に20‐40歳の女性に多いとされています。(引用:難病情報センター)

20-40歳は、子供を産むことのできる年齢だけでなく、生産年齢人口にも含まれています。つまり、働き盛りの年齢です。

 

SLEの患者さんは、予測もなく発症していきなり働けない!と判断されるケースが多いです。

SLEを発症した直後は、体調も悪いし「そりゃそーだよな」って思いました。

でもだんだん、ステロイドのおかげで体調も安定してきてすごく元気になります。

そうすると、「こんなに元気なのに~!」と、前に進めないもどかしさを感じることになると思います。

 

それに、医療費は高いし、生活費だってあるのに、お金ない!働かなきゃ!と焦りが出てきます。

 

 

上司から休職がきまった後連絡をいただき、「焦らずゆっくりと」と言葉をもらいました。

この言葉は今の私にとってすごく、心に響きました。

 

だから私はゆっくりすることを決めました。

でも、今まで多忙に過ごしてきた人間にとって、ゆっくりすることはとても困難なこと。

少しストレスを与えないとやってけない気がしたので、膠原病の勉強をしたり、論文を読んだり

看護の気持ちを忘れないように…とブログを書き始めました。

 

 

このもどかしさや、感じた気持ちを

いつか経験としてだけでなく、だれかを救うために役に立てたいと思う毎日です。

 

そして、他サイトでいろんなSLEの患者さんの就職状態を見て思いました。

大きな夢ではありますが、SLEを雇用する側が、もっとSLEの知識を持ってほしいな…。

患者さんの症状は個人差があるし、時間や日にちによって体調が変動しやすい。

そのことも理解して、働きやすい環境を作りたいと考えています。

 

とにかく働きたいけど体調を考えると働きたくない。

いつ症状が悪くなるかわからないから働きたくないけど、夢を叶えたいし、スキルアップもしたいから働きたい!

そんなアンビバレンスな感情です!