紫の瞳に浮かぶ哀切は、その色を濃くも淡くも見せる。
ひたむきなほどまっすぐに渚を見つめるまなざしは、夜明けの、あるいは夕暮れの海のように刻々と色を変えて揺らいでいた。
それを見つめ返して、渚は魅入られたように語りかける。
「あたし、あなたの気持ちがわかるわ。想いをぶつけても答えが返って来ない気持ちがわかる」
彼女にとってさえ、もはや当たり前になっている、彼女の恋。
それは、生まれて以来ずっと―――渚の知る限り―――、報われたことがない。
優しく笑いかけられたこともあるし、力強く手を引かれたこともあるけれど、彼から同じ気持ちが返ってきたことはない。一度も、ない。
「あたしも、同じだもの・・・・鞍馬」
彼の抱えている辛さは、そのまま自分のものだと渚には思えた。
呼吸のたび、拍動のたび、胸が悲鳴をあげる、片恋の痛み。
あたりまえすぎて、痛いとすら感じなくなっていたはずのそれが渚を傷つけた。
鞍馬を打った手のひらが、じんとうずく。
痛みを、与える側も痛いなんて、知らなかった。
ノシンも、こんな風に痛かったのかしら。
あたしが彼を好きだと言うたびに、応えられない自分を責めて苦しんだのかしら。
ずっと平気そうな顔をしてたけど、人一倍、周りの人間の気持ちに敏い彼のことだから、きっとそうだ。
それなら、終わりにしなくちゃいけないのかもしれない。
無理だけど、無理なんだけど、それでもやっぱり、好きな人を苦しめるような恋は、続けられない。
涙が出た。
痛くて辛くて目がくらみ、視界までにじんで、彼女に初めて恋を見失わせた。
いつだって、頭で考えるより、心で思うより早く善之新を探していた視線が行き先を失って迷い、たどり着いたのは目の前に立っている少年だった。
鞍馬となら、わかりあえると思えた。
同じ痛みを知っている彼となら。
まばたくと、膨れた涙のしずくが頬を駆け下りた。
驚いたのは鞍馬で、彼が自分の恋を訴えたとたんにしくしくと泣き始め、果てには謝り始めた渚を見下ろしてしばし黙考し、やがて当然のようにその体を抱いた。
けれど同じくらい当然の帰結として渚の抵抗があるだろうと思っていたのに、彼女がおとなしく抱かれていることに、再び驚く。
それどころか鞍馬の袖にすがって、華奢な指でしわを寄せ、身を寄せるのだ。
「何・・・・同情ってこと?」
わずかに嘲るような声色が混ざる自分の声を聞きながら、鞍馬はそれが自分に対してなのか渚に対してなのか、判別がつかなかった。
プライドが高く、かわいそうだと言われることを一番嫌うはずの自分が、渚に対してはそれを跳ね除けるどころか、本音はどうだ。
同情でも、こうしてそばにいてくれるなら、それでもいいと思っている。
実を言えば彼の想いは、渚が善之新に対してそう思い続けてきたそれと同じだった。
どんな恋であれ、どんな劣情に誘われ、どんな激情に惑っても、その想いの源は同じだ。
どんな形でも一緒にいたい、ほんの一瞬でもそばにいたい、それが恋の根。
尋ねる鞍馬と答える渚の思いが、ここで重なる。
「わかんないけど・・・・一緒にいたい」
その根から派生する幹が、枝葉が、どんな想いの花をつけるのか、誰にもわからない。
けれどすべての恋は、この根の先に芽吹いていくのだ。
精神論ばっか。なんかもう鞍馬と渚でデキちゃっていい気が・・・・。←
(当初「誘惑」という小題だったのを、後日改題しました。内容変更ありません。申し訳ありません・汗)