碧海の君に永世の愛を誓う 恋の根・1 | キャラメルアメーバ

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「なーぎさちゃん」


「・・・・・・・・」


2人きりの部屋でかけられた声を無視するのは、思う以上に居心地が悪い。


される方もさぞ、と思うが、声の主は変わらぬ様子で、今日も部屋を訪ねてきた。


「ほら、やんなはれの水ようかん。甘いもの好きだろ」


思わず目を向けそうになって、渚は慌てて自分を戒めた。


仮にも太政大臣の姫君でありながら、食べ物につられるようなマネはしたくない。


危ういところで動揺を気取られずに済んだ渚に、鞍馬は小さな吐息とともに、手に提げてきた籐のカゴを物書き台の上で開け始めた。


「まだ怒ってるの・・・・案外根に持つね」


「案外?!」


今度は自制が間に合わず、返事を返してしまった。


相手にも自分にも舌打ちしそうな気分で、渚は大きく息をついた。


顔だけは合わせる気がしなくて、きつい口調になるのを承知で言い放つ。


「・・・・もう来ないでって言ったはずよ」


「そんな約束してないよ。これからも、しない」


ニコニコと答えて、開いた包みからフタつきの小さな器を2つ取り出すと、鞍馬は渚に向き直った。


「わらびもちもあるよ。どっちがいい?」


問われて落とした視線の先には、瑞々しくも滑らかな水ようかんと、黄櫨色のきなこに埋もれたいかにも柔らかそうなわらびもちが、それぞれ涼しげな器に納まっていた。


どちらも渚の好物なのは、もちろん渚が鞍馬に教えたわけではないので偶然には違いないのだが、彼女の甘いもの好きを使用人に聞いて用意したものだ。


昨日は旬盛りの桃とぶどう、その前は焼きたてのざらめ煎餅という具合に、毎日渚のご機嫌を伺いにやってくるのだ。


突然、まったく無理やりに唇を奪われた渚が仇の手みやげを喜ぶわけもなく、ろくな応対もせずにいる。


「欲しくない」


「どうして」


「太るから」


顔も見ずに言い捨てる。


あからさまに棘のある態度だが、鞍馬は堪えた素振りも見せずに渚の寝台に遠慮なく腰掛け、差し出していた2つの器を前にやや逡巡した後、濃い小豆色が詰まった器をぱかッと開けると、小さな匙のひとすくいを口へ運んだ。


渚の視界に入っているのを知っていて、憎たらしいほど満足そうに味わって食べる。


「あーうまいッ。甘さも固さも絶妙だね」


「・・・・・・・・」


「・・・・渚」


呼びかけられて返事をしない気まずさに耐えつつ、渚は素知らぬ顔で読みかけの書き物に視線を落とした。


彼がこの部屋に入ってきてから、ほんの1ページも進んでいない。


目は字面を追うのだが、視界の端にちらつく鞍馬にイライラと気が散って、少しも頭に入ってこないのだ。


渚は本を手に立ち上がると窓際に移動し、少しばかり外に張り出したその木枠に斜めに腰掛けた。


寝台に座っている鞍馬に背を向ける格好になり、ようやく彼を視界から追い出すことに成功した。


開け放たれた窓の向こうは、相変わらずの緑と空で、わんわんとセミの声がけたたましい。


えーと、どこまで読んだっけ、確か妹の結婚式に間に合って、また走って戻る途中よね。


と、再びページを開いたとたん、思いがけず目の前に何かが現れた。


黒い塊にびくッとして身を引くと、匙に乗った水ようかんだった。


「ちょっとでいいから食べてごらんよ。どうしても食べさせてあげたいくらいうまいんだってば」


口の高さにそれを差し出して、鞍馬が首を傾けていた。


押しの強さに辟易して、自然と渚の眉根が寄る。


「いらないったら」


「また無理やりするよ?」


これで渚の不機嫌は決定的になって、とうとう彼の頬に張り手を打った。


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誘惑、とか言ってますけど、甘いものの、ですから。←

(当初「誘惑」という小題だったのを、後日改題しました。内容に変更はありません。申し訳ありません・汗)