コノハズクの鳴き声に目を開けると、まだ日も昇らないうちなのだろう、視界が夜を半分引きずったような藤色に染まっていた。
横を見ると、武蔵の姿はなかった。
もう出かけたのか。いつの間に出ていったのだろう、気がつかなかった。
行為の名残か、チリつくような下腹部の痛みに顔をしかめて、伊織は寝床の中で反転し、部屋に面した中庭へ目をやる。
東雲独特の静謐な空気の中、庭の中ほどに、武蔵がこちらに背を向けて立っていた。
紐を解いた髪は藤色のベールをかぶって元の白銀色より柔らかく、周りの空気に溶けていってしまいそうだった。
伊織の顔が、ますます歪む。
忘れたわけじゃない。
あいつは、ゼン兄を殺した男だ。
何をしたわけでもない、ただ運悪くその場に居合わせただけ。
思いやりのある、気のいい青年で、死ななくてはならない理由なんて何一つなかった。
実際、禅を手にかけなくとも、武蔵たちは問題なく渚を連れて逃げおおせることができただろう。
殺す理由なんて、殺さなければならない理由なんて、ありはしなかった。
なのに、何でだよ。
何で、アンタなんだ。
許さない。許すつもりもない。
けれど武蔵を思う時、憎しみや恨みで心を満たすことができない。
彼女はその背に突き立てた視線を引き剥がし、苦しげな顔を背けて寝返りをうった。
離れた位置で武蔵がふと振り返ったが、伊織の目が覚めていることに気づいた風ではない。
伊織は、目を開けた時よりも幾分白んできた部屋に横たわったまま、ふとんの横に置かれている刀掛けをぼんやりと眺めた。
武蔵が普段から愛用の刀が二振り、重たげに収まっている。
禅の腹を裂いた刀である。
背後で砂利を踏む足音がして、伊織は逃げるように目を閉じた。
眠った振りをしている間に、この刀を持って早く出て行って欲しかった。
中庭から縁側へ上がった武蔵が寝所に戻って来るのが気配でわかる。
不意に、髪を撫でられて胸が詰まった。
衣擦れと足音が消え、その後も何かに耐えるようにしばらく身動きもしなかった伊織がようやく目をあけた時、武蔵の姿は消えていた。
「伊織が案じるのはどっちかだと? どう答えろっつんだよ」
彼のぬくもりがわずかに残るふとんを、頭の上まで引き上げた。
何一つ思う通りにならない。自分の気持ちすら。
付け足しサーセン(´Д`;) 武蔵ってゼン兄殺してたんでした。すっかり忘r・・・