ねぇ ちょっと座りなさい

奥歯かみしめてるの

気づいてる?どうしたの?

……え?
あぁ そうか

子どもの頃あんまり
大事にされた記憶がなくて

褒められた覚えも
守ってもらった感じもなくて

今でもふとした時に思うのね

「どうせ私は愛されない人間」
「結局 いつも同じところで終わる」

そんな言葉が心の奥に居座ってる顔

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あなたには 龍樹さんの言葉が

助けになるかも

昔ね
人は自分を固定して考えすぎるってことを
誰よりも深く見抜いた人がいるの

**龍樹**

その人の教えがこれ

一切は縁起なり
いっさいは えんぎなり
---

あなたが今 そう感じているのは

生まれつきでも
性格でも運命でもない

ただこれまで
そういう条件
そういう環境
そういう関係の中にいただけ

縁がそうだった
それだけ

---
今でも胸が苦しくなる理由ね

過去の出来事を
こう思ってしまうから

「これは変えられない事実」
「私は愛されなかった人間」

でもね
龍樹さんははっきり言ってる

固定された自分なんて

どこにもいない

人は縁の集まりで
その都度形を変えてるだけ

---
だから 分かってほしいのは

過去の縁で今の状態がある

でも
これからの縁は
まだ決まっていない

誰と働くか 誰と話すか
どんな言葉を自分にかけるか

それが変われば
結果も必ず変わる


---
親から愛された自覚がない
それは事実

でもそれは
あなたの正体じゃない

あなたが
愛されなかったとしてそれは
あなたの価値が
なかったからじゃない

縁が悪かっただけ

---

今日から できる 小さな良縁結び

* 人の長所を探してみる

* 心に余裕があればそれを伝えてみる
* 自分を責める言葉を減らす
* 朝に日光を浴びる時間を作ってみる
* ゆっくりお茶を飲む時間を作ってみる
 

たったそんなことでも

あなたを取り巻く
縁は更新されていく

---

過去はあなたを説明しない

今と
これからの縁が
あなたを作り直す

---

今日はね
過去と戦わなくていい

これでも飲んで 元気出しなさい

 

 

縁は変えられる
あなたは更新できる

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竜樹菩薩〈ナーガールジュナ〉

 

(150-250年頃)は

 

古代インドの仏教僧で

 

大乗仏教を代表する思想家です。

 

「空(くう)」の思想を深め

 

すべてのものは関係性の中で成り立ち

 

固定的な実体はないと説きました。

 

『中論』などの著作を通じて

 

仏教哲学の基礎を築きました。

 

その教えは中国や日本にも伝わり

 

多くの宗派に影響を与えました。

 

 

ねぇ ちょっと座りなさい

その顔 ちょっと
人疲れしてる顔ね

どうしたの?

……え?
あぁ
そうか

友達が最近
何言っても 論破モード

「それって論理的じゃなくない?」
「感情論だよね」
「それって君の感想だよね?」

最初は
おもしろいなって思ってたけど

だんだん
話すのしんどくなってきた

でも
嫌いになったわけじゃない
関係を切りたいわけでもない

ただ
どう付き合えばいいか
分からなくなってる顔ね

---
そういう人たちを逆にボコボコに

論破していた 一休さんの話聞く?

昔ね
頭が切れて皮肉も効いて
けっこうな権威も論破してた

一休さんっていうお坊さんがいたの

その人が
こんな言葉を残してる

悟りとは悟らぬことなり

---

分かった気になった瞬間
その人の世界は
小さく切り取られる

全部説明できる
全部論破できる
全部理解した

「もう分かった」と思った瞬間

思考は止まる

「悟った」と言い切る人ほど
もう学ばなくなっている
 

一休さんは
それを悟りとは呼ばなかった

 

本物の成長者ほど
自分の未熟さを知っている

答えを固定しない
他人に押しつけない

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友達が 論破モードになる理由ね

不安を論理で
固めてるだけ


分からない
傷つく
否定される

そういうのが怖くて
「ぱっと見の賢さ」に
逃げてる時期なの

だから
勝ち負けの会話しか出来なくなる
マウントを取らずにいられなくなる

 

マウントとは
自分は分かっている
お前は分かっていない
という構図ね

でも一休的世界観では

「分かっていない」と自覚している人が
一番高い場所にいる

つまり

「悟りとは悟らぬことなり」

この言葉は

👉 マウントの土台そのものを崩す言葉

---

## じゃあ あなたは どうしたらいい?

無理に
張り合わなくていい

論破されないように
構えなくていい

こう言っていいのよ

* それは分かるけど
  今は答え出したくない
* 正しいかどうかより
  気持ちの話がしたい

**分からないままで話す姿勢**を
あなたが持っていればいい

だって論破の後には

沈黙しかないのよ

 

友達同士でそんなの

寂しいじゃない

それを伝えればいいの
---
あなたが
疲れてるのは
弱いからじゃない

ちゃんと
人と向き合おうとしてるから

論破できる人より
**話を続けられる人**の方が
ずっと強いの

---

また昔みたいに

笑いあえる仲に戻れたらいいね

これでも食べて 元気出しなさい

食べた後の容器がけっこう使えるやつ~よ

 

 

分からないって言える人が
だれよりも知識を得るのよ


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一休宗純(1394-1481)は室町時代のお坊さんです。

 天皇の子として生まれたとされ

 幼い頃から禅のお寺で修行しました。

 難しい決まりごとにこだわらず

 自由な考え方で仏教を説きました。

 詩や歌が得意で

 ユーモアあふれる言葉で人々を楽しませました。

 晩年は京都の大徳寺を立て直すなど

 大きな功績を残しました。

 とんち話の「一休さん」として

 今も多くの人に愛されています。

 

 

ねぇ ちょっと座りなさい

そのため息 今日 何回目?

どうしたの?

……え?
あぁ そうか

朝は
昔のことを思い出して
「あの時 こうしてたら」
って考えて

昼は
この先のことが気になって
「このままで大丈夫かな」
って不安になって

気づいたら夜で
一日がもやもやしたまま
終わっちゃうのよね

何も起きてないのに
心はずっと暗く険しい顔してる

---

こんな お釈迦さまの言葉があるの

人の心の動きを誰よりも
静かに見てたお釈迦さまが

とても短くはっきり言ってる

過去を追うな未来を願うな

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過去は もう さわれない

未来は まだ 来ていない

でも人の心は
その二つを行ったり来たりして

今を置き去りにしがち

お釈迦さまは
それが一番
人を疲れさせるって知ってたの

---
あなたが弱いんじゃない

考えすぎでもない

ただ

今に いない時間が
長くなってるだけ


後悔も不安も
心が過去や未来に
飛んでるサインなの


---
お釈迦さまが教えた 

「いま」への戻り方

難しいことはいらない

* いま 飲んでるお茶の温度
* いま 見上げた空の天気
* いま 見えてる風景

* いま 座っている椅子の感触

「いま」に一瞬意識を戻す

それだけで心はちゃんと
いまに戻る

---
全部考え切ろうとしなくていい

今日の人生は今日の分だけでいい

明日の心配は明日のあなたに
任せなさい

---
こんなこと言われても
もやもやしたままかも知れない

でも それも「いま」なの

これでも食べて 元気出しなさい

わたしの地元では

「回転焼き」って言ってたわ

 

 


「いま」ここに戻れたら

それだけで

今日は十分だから

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お釈迦さま(紀元前5世紀頃)は

 

仏教の開祖で

 

本名をゴータマ・シッダールタといいます

 

古代インドの小国の王子として生まれ

 

何不自由ない生活を送りました

 

しかし生老病死の苦しみを知り

 

29歳で出家しました

 

6年間の厳しい苦行の後

 

苦行では悟れないと気づきました

 

菩提樹の下で瞑想し

 

35歳で悟りを開きました

 

身分や性別を問わず平等に教えを説き

 

80歳で入滅しましたが

 

その教えは世界中に広まり

 

今も多くの人々の心の

 

支えとなっています