ねぇ ちょっと座りなさい
その顔 ちょっと
人疲れしてる顔ね

どうしたの?
……え?
あぁ
そうか
友達が最近
何言っても 論破モード
「それって論理的じゃなくない?」
「感情論だよね」
「それって君の感想だよね?」
最初は
おもしろいなって思ってたけど
だんだん
話すのしんどくなってきた
でも
嫌いになったわけじゃない
関係を切りたいわけでもない
ただ
どう付き合えばいいか
分からなくなってる顔ね
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そういう人たちを逆にボコボコに
論破していた 一休さんの話聞く?
昔ね
頭が切れて皮肉も効いて
けっこうな権威も論破してた
一休さんっていうお坊さんがいたの
その人が
こんな言葉を残してる
悟りとは悟らぬことなり
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分かった気になった瞬間
その人の世界は
小さく切り取られる
全部説明できる
全部論破できる
全部理解した
「もう分かった」と思った瞬間
思考は止まる
「悟った」と言い切る人ほど
もう学ばなくなっている
一休さんは
それを悟りとは呼ばなかった
本物の成長者ほど
自分の未熟さを知っている
答えを固定しない
他人に押しつけない
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友達が 論破モードになる理由ね
不安を論理で
固めてるだけ
分からない
傷つく
否定される
そういうのが怖くて
「ぱっと見の賢さ」に
逃げてる時期なの
だから
勝ち負けの会話しか出来なくなる
マウントを取らずにいられなくなる
マウントとは
自分は分かっている
お前は分かっていない
という構図ね
でも一休的世界観では
「分かっていない」と自覚している人が
一番高い場所にいる
つまり
「悟りとは悟らぬことなり」
この言葉は
👉 マウントの土台そのものを崩す言葉
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## じゃあ あなたは どうしたらいい?
無理に
張り合わなくていい
論破されないように
構えなくていい
こう言っていいのよ
* それは分かるけど
今は答え出したくない
* 正しいかどうかより
気持ちの話がしたい
**分からないままで話す姿勢**を
あなたが持っていればいい
だって論破の後には
沈黙しかないのよ
友達同士でそんなの
寂しいじゃない
それを伝えればいいの
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あなたが
疲れてるのは
弱いからじゃない
ちゃんと
人と向き合おうとしてるから
論破できる人より
**話を続けられる人**の方が
ずっと強いの
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また昔みたいに
笑いあえる仲に戻れたらいいね
これでも食べて 元気出しなさい
食べた後の容器がけっこう使えるやつ~よ
分からないって言える人が
だれよりも知識を得るのよ
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一休宗純(1394-1481)は室町時代のお坊さんです。
天皇の子として生まれたとされ
幼い頃から禅のお寺で修行しました。
難しい決まりごとにこだわらず
自由な考え方で仏教を説きました。
詩や歌が得意で
ユーモアあふれる言葉で人々を楽しませました。
晩年は京都の大徳寺を立て直すなど
大きな功績を残しました。
とんち話の「一休さん」として
今も多くの人に愛されています。
