長嶋さんと松井さんが国民栄誉賞を受賞されたと、とても喜ばしいことですね。
松井さんの受賞に賛否両論あるということらしいのですが、手放しで「ブラボー」と喝采を送るのも器量ある大人たちの振る舞いではなかろうかと思う今日この頃です。
長嶋さんは現役時代、調子のいい時は投手が投げたボールの縫い目が見えたとか。虚実はさておき、トッププレーヤーの集中力は押しなべて凄いものがありそうです。
一流アスリートは絶好調時に「ゾーン」と呼ばれるえもいわれぬ精神領域が存在するとのことです。私はこれを集中力の一点集中からなる自己催眠状態と考えておりますが、集中力も何かを成し遂げるための大きな能力であることは疑いようがありません。
集中力というのは数値化されていないために、主観による比較でしか大小を図ることはできません。よって、「集中力がある(もしくは、ない)」は必ずしも評価の対象となりえず、それによって得た目標に対する結果を代替結果として見做すことで、集中力があったかどうかを推し量るのみとなります。もちろん風が吹けば桶屋が儲かるからといって桶屋が繁盛するから風が吹くわけでもないので、結果がよかったからと言って「集中力があった」ということにはなりませんが、自分自身の内部で得られる「集中力」と「結果」の因果関係については何か感触が人それぞれあるのではないでしょうか?
私の場合はようやくその因果関係が分かりかけてきました。
私の場合は実は「集中力」と「結果」にプラスして「継続力」があった場合のみ一定の方程式が成り立ちます。これは私自身の経験統計上ほぼ100%といってもいいものでした。
受験、試験、資格取得、スポーツ、何をやるにもほぼ同じ。
((0.4×「集中力」)+(0.6×「継続力」))= 「結果」
「」は100点満点で「結果」が60点を超えていると目標達成しています。
目標は人と比べると低レベルかもしれませんが、これさえクリアすれば何とかなるということを不惑の年にしてようやく思い至りました。
すなわち、集中力がなくとも継続していれば、なんとか達成できるけれども単発的な集中だけではうまくいかない。
そして、私の場合、継続力は集中力を仮に10点だとしても1年ぐらいしかないときっちりわかっております。最近ではそのため、一年の計を元旦にかけております。
また、集中力100点のときの継続力は3日まで。よっていわゆる3日坊主になってしまいますが、その時の集中度は正にゾーン状態で、一日一食で、睡眠1時間あるやなしやという状況です。
実はこの程度で済む目標に対しては今まで3日坊主でも何とかなっているんですね。
こういった結果をえるためのしっかとした感触が若い頃あればよかったなぁと今痛烈に感じているところです。
逆に、若いころから実感できている人たちが財をなし、自己実現し、成功しているんじゃないかなとうらやましく思います。