便利だったものが不便になる | チェブログ

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標高1200メートルのお山暮らしです。
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櫻井翔君のファンであり、皇帝プルシェンコ陛下のファンでもあります。
山での暮らしをボツボツと綴っています。

高齢の両親が今のマンションに引っ越して10年になる。


それまでは私が生まれ育った坂の上のさらに階段も登ったところに立つ戸建てに住んでいた。


母は高齢になるにつれ、バス道沿いのマンションに住みたいと言い始め、ちょうど10年前に新築マンションがバス停近くにできたのを期に購入。そして引っ越した。


その頃はまだ認知症ではなかったので、キッチンをIHにし、食洗機を完備。

トイレや玄関の灯りは自動で点いたり消えたりする。

当時の新築マンションなら普通の装備だが、長年古い戸建てで不便な暮らしをしていた母には、その便利さがすごく嬉しかったようだ。


それから10年、認知症を発症し症状が進んでくるにつれ、使いこなしていた食洗機の使い方がわからなくなった。

母はいろんなボタンを押してピーピーとエラー音を出して機械の前でフリーズするようになり、やがて全く触らなくなった。


今は私が使うに任せている。


トイレや玄関の灯りも、自動で灯ることには疑問を持たないのに、消灯に関しては「消えない!なんで?」と私に訴える事がたびたびある。


しばらくしたら勝手に消えるからね、と言ってもすぐ忘れて今度は父に消えない!と訴えている。


ある夜中、父がトイレに行く気配がしたと思ったら

「あれっ 電気がつかへん 電球が切れたんか!」と慌てた声がする。


私は起きてトイレに行き、灯りのスウィッチを見ると自動設定のつまみが「切る」になっている。

自動に戻すと灯りはすぐ点いたが、父は「何でこんなとこいじったんや」とお怒り。


「おばあちゃんが灯りが消えへんって言うとったやろ おばあちゃんがいじって灯りを消したんやろ」と私。


「もう ばあさんにはかなんなぁ」と父。


玄関の灯りも同様に「切り」にされていたので翌朝、父が「トイレと玄関の灯りはいじるなっ❗️ わかったな‼️」と母に強く言ったが、多分わかってないよなぁ。


認知症には便利な設備も不便になる日が来る事を知った今日この頃だ。