悩みなんて苦しみなんて、峠を越えれば笑い話。
結局そんな小さな事なんだろう。
とてつもなく大きなものと勝手に解釈してたのだろう。

「本質を理解しようとする」

その事を忘れていたために状況を悪化させた。
その事に気付かされ、克服した。

状況は俺1人で変えられるものでもなく、ましてや今年は大殺界(苦笑)
変えようと動けば間違いなく、悪化する自信アリ。

今はただ流れに逆らわず、流れに身を任せるのもいいかもしれない。
そんなことを考えた。
「人間は一生、自分という宇宙から出られはしない。自分の中に描いた他人と共に暮らし、
ドラマを作り、泣き、悲しみ、死んでゆく・・・・・・」
「しかし人間は、この宇宙よりもずっと広大な宇宙を持っている・・・・・・」(MASTERキートンより抜粋)

人って難しい。。。

当然自分の事(何の考えているか)は手に取るようにわかる。
だけど、自分以外の人に関しては100%理解することはできない。

人それぞれバックグラウンドを持っていて、それまでに出会った人
経験したこと、本や人から聞いた情報などから

「どういう傾向にある人」かを次第に理解しようとする。

このこと自体が無謀なのかもしれない。
他人は他人であって、自分では決してないし。

仲間と喧嘩して、修復不可能になり、早いものでかれこれ1ヶ月(苦笑)
その仲間とは今でも職場で顔を合わす。

俺の中では決着がつき、長いトンネルから脱出も出来た。

相手はまだトンネルど真ん中。
相手からすれば俺は「自分を傷付けた憎い相手」だろうから、当然俺は何も出来ない。

俺に対する「怒り・憎しみ」といった感情をおそらく今でも持ち続けているのだろう。
対称的に俺はあっけらかんとしているから、周りも正直冷めてきている。

残念なのが、俺を遠ざけることで次第にその人から1人、また1人と離れていっている。

孤独を嫌う人なのだろうけど、あえて孤独になろうとしているように見える。
取りようによっては、「わがまま」と言われかねない。

「人には絶対に変えられないの部分がある」と過去に書いたけど、
この人自身その事に気付いているはずだ。

だからこそ、「ない」と思った人間を排除するのだろう。
周りがどれだけ口を出そうと、おそらくそれは信念であって変える気もないのだろう。

相手を理解しようとすればするほど何を考えているのかさっぱり分からない。
一体あなたは「どこへ行くの?」
他人はたやすく「頑張れ」と言う。
「やりたいことをやった方がいい」と勝手にのたまう。

漠然と「頑張れ」と言われて、「一体何を?」としか言えないし、
これまでの俺の頑張りを知らない人から「頑張れ」と言われても
正直何も響かない。俺はすでに頑張っているから。

「やりたいこと」が見つけられるくらいなら、いちいち相談しないし、
悩みもしないはずだ。

強烈なまでの「閉塞感」。

終身雇用なんて遠い過去の産物、大手の企業も平気で倒産。

やり方は汚かったが、物凄く頑張ったであろうヒルズ族も見せしめのように
叩きつぶされる。

探し物は何ですか?見つけにくいものですか?

それさえ分からないのに、夢の中へは行けそうにない。
その事に気付いた人から、頑張ることを止めてしまう。

極端な道を選択する人もいれば、自分が楽な方向へ向かう人もいる。

俺は後者。

上司に叱られた・・・でもそんなの関係ねぇ!
彼女と喧嘩した・・・でもそんなの関係ねぇ!
やりたいことがない・・・でもそんなの関係ねぇ!

そんな輩がどんどん増えていくんだから、この先いい方向へ向かうとはとても思えない。

救世主の出現を待つ人、ひたすら頑張る人、悩み苦しむ人、お気楽に生きる人。

どれを選ぶかは結局自分次第。だったら俺はお気楽に。

「お前は間違っている。頑張った方がいい」・・・そんなこと言われても

そんなの関係ねぇ!
自分の気持ち(考え)を黙って溜め込むのは無理。
口に出したり、文字に記したりと何かしらの状態で外に出そうとする。

世の中には当たり前だけど、真逆の人たちも存在する。
その人達から見て、俺のようなタイプの人間を羨ましく思う人もいれば
「あぁはなりたくない」と思う人もいるだろう。

溜め込むよりも外に出す方が俺にはよっぽど楽だけど、溜め込む人にとっては
外に出そうとする動きの方がよっぽどしんどい場合もあるはずだ。

俺は俺であってその人達ではない。
それを頭で分かっているつもりが、実際は身に付いていない状態だった。

自分の意志・主張をその人達に押しつけ、「押しつけている」感覚もなく
自己満足(自己解決)していた。

荷物になるから本当は貰いたくないのに、無理矢理お土産を持って行かそうとする
親族のような・・・(?)

どちらが勝ちでどちらが負け、どちらが正しく、どちらが間違っている。
そんな白黒をつける必要は全くない。

どれだけ見栄をはろうと、俺の器量は既に決まっていて、今以上の大きさにするには
何年もかかるかもしれないし、そもそも無理なのかもしれない。

結局その程度の人間なんだ。

悲観はしていない、その程度の人間であればそれ相応に振る舞うだけ。
無理をせず。ただただ楽に。
年を取るにつれ、知らぬうちに狡猾になった。
状況に応じて一番有利なキャラクターを演じられるようになった。

あまりに演じすぎていて、本来の姿を見失っていた。

どのキャラクターも間違いなく「自分」であるけれど、
素の状態と演じている状態では明らかに違う。

前者であれば負担はない。しかし、後者であれば負担になる。

俺の場合、敢えて後者を選び続けた。

余裕がないのに、表情だけはクールに見せかけ、
いろんな事に挑戦し、そつなくこなせるようになった。
自分に足りないことを克服することで次第に武装していった。

だけど、根本的には不器用。
不器用なのに器用に装う。

知らず知らずのうちにその矛盾が歪みを起こしていたことにも気付かず。

気付いてはいた。だけど認められなかった。
これまでの自分を否定すると思っていたから。

しかし、俺は俺でしかないし、他の誰でもない。
そのことをようやく、最近になって認められるようになった。

敗北宣言どころか、無駄に着飾った鎧を脱ぎ捨てることでカラダが楽になった。

人は変われる。変わりたいと思った時から。
だけどどうしても変えられない(変えられるかもしれないが相当の傷みを伴う)部分は存在する。

おそらくそれこそが自分自身。
結局はそれだけのこと。
何をやっても駄目なときは駄目。
たまたまうまくいくときもあるけど、逆に裏目に出てしまうこともしばしば。

結局流れに身を委ねて、状況が上向くことだけを期待するしかない。

たまたま手に取った、細木さんの本。
調子がいいときに、「今年は駄目」ていう活字は見たくないから絶対に見ない。
調子が悪いときに「今年は駄目」ていう活字は逆に励みになる。

軽いノリで手に取ってみたら、

「大殺界」とのこと。。。

どうも、あの人の言動なんかは信じられないけど、
こんなに見事に当てはまることもあるなんて。。。

今回ばかりは細木派になってみようかと安易に考えた。
なぜなら、

「今年は何をやっても駄目」ってことなんでしょ?
人間関係はことさら面倒くさい。
男同士の喧嘩なら、分かり合うことは簡単なのに。。。

喧嘩をし、1週間くらいは普通に過ごせた。
2週目に入り、露骨に避けられるようになった。

訳も分からず、俺もいろいろ考え、散々苦しんだ。
仲の良い友達に相談したところ、

「なんで私がこんな目に遭わなきゃならないの?」と
思われ、さらにムカついているのではとの回答を得た。

信頼できる仲間であるから俺は相手に対して怒りを覚え、
信頼できる仲間であるから俺は相手に対して本音をぶつけた。

だから、これを聞いたとき、修復不可能だと悟った。。。

このカードを相手に切られた以上、俺が切るべき(切れるべき)カードは
一枚も残されていない。

何もせずに相手に不信感を抱くくらいなら、包み隠さず本音でぶつかる。
俺は自分の信念に基づいて取った行動だから、後悔はないけど、
大切な仲間とのこういった揉め方は残念だ。

もう今の俺に何か打つ手はないのだろうか?
些細なことでケンカをして、
微妙な距離が生まれた。

俺は相手を傷付け、その事で自己嫌悪。
相手は、同じように思っているのだろうか?

あんなに仲が良かったのに。

誰かを傷付けてしまうと、相手に対する申し訳なさと
そんな状況を作ってしまった自分への苛立ち。

前にも日記に記したけど、俺に出来ることは
「向き合う」こと。

出来れば目を逸らしたい。その方が楽だから。
それではただの卑怯者。

俺のものさしで相手をはかり、見誤ったが為に
傷付けた。

俺は相手の事をステレオタイプにはめていた。
何も分かってはいないのに。

だから、俺はもっと知る必要がある。
同じ事を繰り返さないために。

だから向き合う必要がある。
また昔のように笑えるように。
負の連鎖、ちっとも風向きが変わりやしない。
空気を入れ換えても、また悪い空気が入ってくる。

良かれと思えど、完全裏目。
予想や期待は裏切られ、手詰まり状態。

小さな誤解が大きな波紋を起こし、
俺はその真ん中の渦にまかれ、
罪の意識に苛まれる。

いくつかの選択肢の中でどれを選択しても、
今の俺には特効薬にはなりえない。

時間が欲しい。思いっきり笑えるように。
力を与えて欲しい。すべてが「大丈夫」と許せるように。
人から信頼を得ることは非常に難しい。
一つずつ、少しずつ積みかねていって、それがいつしか「信頼」と呼べるものになる。

当然時間がかかるし、それ相応の労力がいる。

それでいて、「信頼」は簡単に壊れてしまう。
まるで積み木のようにもろく儚く。

選択肢はいくつかある。
諦める、開き直る、そしてやり直す。

諦めたり、開き直るのは簡単なこと。
その代わりに大切なものを失う。そう、仲間。

「そんなことくらいで崩れてしまうようなら・・・」とも思う。
だけど、それは当事者側の一方的な意見。エゴ

被害者としては、大変な痛手になる。
そして開きかけた心を頑なに閉じてしまう。

こじ開けることはもちろん出来ない。
開くまで待つ。俺は徳川家康公ではない。

開けてもらえるよう、開けられるように、
一から出直しだ。

辛く苦しい道のりではある。
だけどそれは安易に傷付けた、そのせめてもの償い方。