趣味の定義について考えてみた
「趣味=やりたいこと」とすれば簡単だが、それだけではないように思う。

趣味とは、興味を持って長期的に続けられることではないか?

誰しも、感情によって行動をする。
ある事柄に対して、マイナスのイメージを持っていたとすれば、
たとえ長期的に続けられたとしても、それは趣味だとは呼ばない。

また、ある事柄に対して、プラスのイメージを持っていても、短期的に終わってしまった場合、
これは、趣味ではなく、ある種の経験としか呼べない。

例えば「自分のホームページを作ってみたい」と興味を持った人がいて、その人にとっての
一番近いゴールは、ホームページを(とりあえず)完成させることだろう。

その人が出来上がったホームページに対して、達成感を得、それ以上を求めないとすれば
それは経験。

しかし、「デザインを変更したい」「定期的に更新していこう」と思い、継続的にホームページ作成に
携われば、それはその人にとっての趣味になりうる。

「興味を持って長期的に」という点に限れば、突発的に趣味が現れることはないはずだ。
興味を持ち、それを長期的に継続する(熟成させる)事で、初めてやりたいことに繋がるのだから、
これらの過程を飛ばして、やりたいことを見つけるのは困難、むしろ不可能に近い。

人がよく、「やりたいことがない」と話すのを耳にする。
その人達に伝えたい、それ自体を見つけることはできないと。

まずは、やってみたいこと(興味)を探すことから始めた方がきっといい方向へ進むだろう。
やりたいこと・・・自分自身で気付いていないだけですぐ側にきっとあるはず。
もまれる中でトゲはそがれ、丸くなる。
昔に比べ穏やか(無関心?)になった。

穏やかなのもいいけれど、いざという時のために
爪を磨いておこう。

逆にそれがないのもつまらない。
職場の仲間が退職した。

彼は無類の女好き。
彼は2秒あれば、恋に落ちる。
彼は酒を飲むと、周りを引かせていることに気付かない程の下ネタが得意。

彼は有言だが、実行された試しはない。
熱く格好いい台詞をよく聞かされたが、その後自然とフェイドアウト。

だけど、彼は実はとても繊細。
そして誰よりも優しい。
男の顔をしているが、中身は乙女。

彼は笑いにカラダを張る。
本人にその自覚はない。

それが彼の魅力。
居なくなることが少し寂しい気もするが、それも彼の判断。

お疲れ様。
多くの笑い、もとい、話題をありがとう。

とにかく損をする人。
単に憑いていない人。
厄年の人など。

後に挙げた2つに関しては半ば仕方ない部分もあるけど、
始めの人は大方本人に理由がある場合が多い。

その人のキャラクター。
話し方や仕草。その人から受ける印象。

これ以外にもタイミングや空気を読み切れない体質または読まない神経。

動けば孤立。動かなくても孤立。
孤立からくる苛立ちで、場の雰囲気を壊す始末。
そしてさらなる孤立へと自ら誘う。

負の連鎖を断ち切れないでいる、その人を黙って見過ごすわけにも行かず、
声をかけてば、「あえて・・・してる」と言っちゃう残念さ。

勝手にすればいい。
俺のいない場所で暴れてくれるなら。
「できる」か「できない」かを決めるのは自分じゃない。
数値や結果などを踏まえて、周りが判断すること。

「する」か「しない」かの決定権は自分が握っている。

「しない」から「できない」のは自分のせい。
「する」と決めて「できない」ことはそんなにたくさんある訳じゃない。

今のあなたはどっち?
年度が終わり、新しい年度が始まる。

年末年始ほどの新鮮さ(?)はないけど、
新しいシーズンがスタートするという点では同じ。

劇的に何かが変わる事は無いだろうけど、
春はなんだか浮かれてしまう。

当事者だとなかなか気付かない事だけど、
客観的に様子を見ていて気がつくことも多い。

「どちらの言い分も一理ある」ってこと。

一方には自分の主張があり、もう一方にも主張することがある。
どちらが正しいとか道徳的だとか一般的だとか見方はいろいろ。

当事者としては自分の主張が正しいと思うから、相手に対して「?」と思う。
その逆も同じ。

でも第三者からすればどっちもどっち。
そりゃ、もめるよね。
気が向いた時にしか日記の更新をしない俺が言えた義理じゃないけど、
「毎日続ける」・・・それが大事。
努力は人に見せるものではない。
人に見せるのは「結果」でいい。

「お前勉強した~?」
「俺ヤバい、全然やってねぇ。」とか言いながら、結構勉強してたタイプ。

我ながら嫌な奴(笑)

さてと、そろそろ時間だ。
なんだかずっとイライラしたままの一週間が過ぎ去った。
忙しさもあったけど、要領が悪かったのかも。。。

ともあれ、過ぎた日々に後戻りはできない。
切り替えていこ。