せっせと制作しては公開しているcanva作品。

 

数日にまたがることなく

平均して1~3時間で仕上がることが多い。

 

 

ひょいひょいやっているようで

毎回絶望を感じながら制作している。

 

 

「全然ときめかない代物だわ」

「今回こそ仕上がらないんじゃないだろうか」

「一向に完成が見えてこない」

「インタビューとかけ離れているけど、大丈夫だろうか」

 

と。

きっちり毎度のこと絶望する。

 

その度に観測している私が

「毎度毎度、飽きもせず、もれなく、ちゃんと、闇落ちするんだなぁ」

と少し呆れながらも

まぁそれが私か、と開き直る。

 

思考のクセなんだろうね。

 

 

ただ。

私の行動って始めから調子いいことって

まぁ、ない。

 

 

スイスイとうまくいくことがない。

 

大抵、ちょっとしたあれこれに躓きながら

少ーしずつ温まって

最後にどんっ!と

いい感じの波がきて一気に仕上がる。

 

テニスだと

1ゲーム目0-5からまくって3-6

2ゲーム目は6-5

3ゲーム目は6-1

で勝つ、みたいな。

 

 

高校のテニスの試合は勝ったことなかったなぁ。

1ゲームしかないから。

 

 

でもさ。

勝てるまでやっていいんだよね。

納得できるまでやっていい。

 

だから、絶望の淵にいる気分でも手を止めない。

ダメだなと思ったら

執着していた素材を手放して別素材へ。

迷ったらページを増やして

新しい素材たちを合わせてみる。

 

執着を投げ出してもいい。

迷ったら比べてもいい。

 

とにかく止まらずに、次へ次へ次へ。

 

 

気分が乗ってくるのもあるかもしれない。

 

でも、急に閃いたり。

貼ってた画像が消えてパッと印象が変わったり。

ばらばらだったキーワードが一気に繋がったり。

 

急に歯車が回りだすの。

目の前の画面が急に活き活きし始める。


これまでの積み重ねと

ほんの少しの偶然が

ぴぴぴっとクモの巣みたいに繋がっていく。

 

本当に急に。


3時間絶望ののち、5分でフィニッシュ

なんて一発逆転もありうる

でも、やめてしまったら何にもない。

 

2時間と55分でやめたら

あと5分後には出会える絶景を

拝むことはできないんだなぁ。

 

これって仕事も人生も似たような感じよね。

私がお金に嫌われる理由 


そして、お金が沢山やってこない理由 


そして、これがお金に纏わる最後の話。
『お金と仲直りできたきっかけ』


臨時でほんの一瞬だけ属した組織の報酬は、
昔ながらのニッポン。

歳を重ねるごとに給料が上がる。
能力や経験はほとんど関係ない。

民間のサービス業界を
転々としてきた私にとってはなかなか衝撃的で。

37歳
ブランクあり

かつ
保育園のタイムリミットで
早朝出勤なんてしないし
残業しても17:45には絶対退勤する。
休日出勤もコロナ関連の緊急時しかしなかった。

にも関わらず、ギョッとする額。
北海道は寒冷地手当もあるしさ。
場所によってはへき地手当もでるんだ。



周りには
色んな仕事を山積みにして顔色悪く働く人や
遅くまで残っている若い人
給与明細を眺めて「これだけか...」なんて人もいて

気分は給料泥棒だった。


んだけど。

一方で
目立つことはせず
帰るのはほとんど定時で
仕事を任されているポジションでもなく
熱心に人と関わることなく
仕事ぶりも私の好みではない

という人もいた。

省エネで仕事してるとか
ずるして楽な仕事を選んでるのでなく
それが通常営業らしい。

私よりも大分年上の人。

ということは、確実に私よりも高い給料。

当たり前のように
給与明細を受け取り

当たり前のように
ATMが閉まる前に
「ちょっと行ってきます」と出て行く。

えぇぇぇぇΣ(゚Д゚)

しかも
周りも気に留める空気はない。
ごくごく自然な光景らしい。

なんてこった( ゚д゚)



なんだ
私だって堂々と受け取っていいじゃん。

あなたの額はこれですよ!
って計算されてるんだもん。

残業できなくても
ずっとずーっと頑張り続けなくても
責任のある仕事を任されなくても
いい仕事ができてもできなくても


私という存在に払われる対価

もらっていいんだ( ゚д゚)

そもそもさ。
製造コストは数円から数十円の
ただの紙っペラと金属片。

そんな無機質な物体がさ
私の自由な時間を奪えるわけがない。
私は無価値だと決められるわけがないんだ。

決めているのは、私。
思い込んでいるのは、私。
勝手に苦しんでいるのは、私。

なんだ
めちゃくちゃバカバカしいぞ(・∀・)

自作自演の悲劇のヒロインかよ!!

ってようやっと気付けたのが本当に最近の話。

長いこと
お金さんと仲違いしてしまったなぁ。

これに懲りずに
私のところにいっぱい遊びにおいでー\(^o^)/

私がお金に嫌われる理由 


の続き。



自分のことを

『お金をたくさん貰うのに相応しくない人間』

とも思っていた。



新卒入社したのは

お洒落でスタイリッシュで格好いい外資系企業。


老若男女、毎日通う人もいたり、

グッズが高値で転売されたり

とにかく熱烈なファンが多い。


そんな中たった1回

札幌パルコにオープンしたのをきっかけに

行ったことがある、というだけで受験した。


2回目は、エントリーシートを書くため

ほとんど義務で行った


というくらいファンでも何でもない。


熱烈なファンじゃないのが良かったんだろう。


受かった。


後日、採用担当の方に伺うと

「リーダーの王道を歩いてきた人だったから」と。


就職氷河期が一瞬緩んだ時代、同期は百人。



半分くらいが熱狂的ファン

そのまた半分が大好きレベル

残りは私みたいに冷めた人、って割合。


配属店舗の希望を聞かれたので

「北海道で一番忙しい店」と返信したら

「あなたらしいですね」と返信がきた。


その時は今思い返すと平穏な日々だったなぁ。


配属店舗は、JR札幌駅併設のターミナルビルの店。

道内一忙しいだけあってスタッフはみんな精鋭。


和気藹々、フレンドリーではあるけれど

猛者の集まり、みたいな感じ。

そしてやっぱり大半は会社大好きな人達の集まり。


そんな中、ぽっと出の

付け焼き刃で9ヶ月バイトした程度の新卒の私が


アルバイトでも契約社員でもなく

正社員として存在する。


もちろん

9ヶ月もバイトすれば、そこそこ動けるし

時間帯責任者としてシフトコントロールもできる。


だけど。


私よりも社歴も長くて

会社のことが好きで好きで

一人立ちした後もいつも私を気にかけてくれて



という人が、アルバイトだったんだよ。


どんなに優れていても

知識があっても

情熱的でも

人望が篤くても



採用枠がないと、正社員になれない。


当時のあの階級は時給1000円?1100円?かな。


(今は大分と社内の制度が整って

その人も第一線で正社員として活躍されているよ。

いつか会いに行きたいんだ^^)



そんな人から比べて

会社への愛も知識も経験も

なんもかんも足りていない私は、、


時給換算すると何倍だよ。。。


って。


上から実際に

時給換算圧をかけられたこともあるから

なおさら気にするようになるよね。




どの店舗に行っても

仕事できる!!会社ラブ!!正社員になりたい!!

って人は複数いて

総じてみーんないい人で

いじわるな人なんていなくて。


その分、

『お金をたくさん貰うのに相応しくない人間』

という思いは、強く私を縛るようになっていった。


これは根深いから

長くなるな。。

でも、私にとって大事だから言語化しておきたい。



ってことで、続く。


ハッピーちゃんは
「お金は汚いと思っていた」
と言っていて。


それに共感していた私の友人もいたけれど
私は何だかしっくりこなくて
何かあるはずだけど何だろうな、、
とずっと引っかかっていたんだけど
ようやくハマる答えが見つかった。



『お金が入って来ることは自由な時間と引き換え』
と思っていたんだ。

『自由を奪われたくない』

だから無意識に拒絶していたんだ、お金を。

 『自由でいたいから来ないで!!』って。
そりゃお金もぷいっ٩(๑`^´๑)۶ってしちゃうわ(・∀・)





物心ついた頃から
苦労は買って出る性分だった。

というか
それを楽しんでしまえる性分だった。

小さい頃は
手のかかる子を「お願いね」と任され。

「なり手がいないから」と声をかけられて
生徒会長になり自治会長になり。

行事があれば実行委員をやる。

しかも
ただこなすのではなくて
パフォーマンスの質も高い。

自分で言うのもなんだけど(・∀・)

教員という仕事をしてみて
当時の私は学年に1人いてくれると本当に助かる

そんな存在だった。

でも、私からすれば
やりたいことをやりたいようにできるし
やりたくないことは廃止できる
ふざけた決まり事には意見できる立場だったから

自由に楽しくやっていた。


それが自分の立ち居振る舞いに
報酬が発生する社会人になった途端
変わってしまった。

相変わらずいいパフォーマンスをする性分なので
当時の店長よりもボーナスが良かったりして。


肩書きが変わったり成果が認められたりすると
給料が上がる。

そうなると自由が減っていく。

どうすれば店が良くなるだろう?
どうすればお客様の満足度は更にあがるだろう?

仕事としての拘束時間が終わっても
休みの日も
好きな場所で好きなことをしてほっとしている時も

ずっとずっと考えていた。


だからお金は
私の自由な時間と引き換えに得られる物

だったんだ。

さ。
洗濯終わらせよ。

ってことで続く。
3月で
順風満帆だった臨時採用教員の職を敢えて打ち切り

4月からは
自分のやりたいことをひたすら追求する
自分ビジネスという名の自営業に専念していた。

専業主婦の傍らで
兼業しているみたいなんて思いつつ
つぶやきつつ。

私の肩書きは紛れもなく
個人事業主。

パート先を探しつつ
なかなか希望通りの仕事が見つからず。

いざとなれば、教育委員会に一報を入れれば
世間的にも高待遇、高時給で働くことができるのだけれどその気にならず。


気がつけばゴールデンウィークが迫り
子の世話に追われ。

終わって一息ついている途中で
我が家で胃腸炎が流行。

ようやく下火で登園再開したと思った時には
5月下旬。
途中、パートの話が2つあったけれど
収束の見通しが持てなくて両方辞退。


4ー5月とこんな調子で
あまりにも兼業の見通しが立たなくて。


以前からざわざわしていた
みあんご!の「生活費は息をしているだけで入って来る」
をやってみよう、と腹を括った。


貧乏暇なしです!
私が大黒柱なんです!
なんて言っていた私が

6月初旬を迎えた今も
何とか生きている。