我が町には防災無線が全戸に設置されている。
十勝岳噴火に備えて、状況を確認したり、避難指示をできるだけ早く正確に多くの町民に知らせるため、と認識している。
日常でも町内のお悔やみ放送、イベントの案内にも使われていて、24時間・365日ONになっている。
...んだけれど、Jアラートの時はなんでOFFにせんかった...と後悔するほど怖い。
じじーーー、、、っと「あぁ始まる..」放送開始の音。
消防車ともパトカーとも異なる、おどろおどろしい長く大きな警告音から、ひどくゆっくりでザラザラと耳障りで機械的な声へと続き、最後は再度恐怖の警告音で締め。
大人の私が聞いても怖い。
身がきゅうっと竦む。
たまにある訓練の時は、大体日中一人で在宅の時間帯が多くて、謎に襲ってくる恐怖に一人で怯えるほど怖い。
幽霊という感じではないんだけど、何か(それこそミサイルか..)が迫ってくる恐怖。
何とも言えない不気味さに慄く。
大人なのに。
今日は、朝からあの『じじーーー、、、』がなって「え?訓練?じゃなくて?」からの「ひぃっっ!!」って身構えて。
次に「あーーー、子どもら大丈夫かな..」って。
硬直する3歳息子と、耳を塞ぐ4歳娘。
そして、鳴り続けるJアラートに慄きつつ子どもが予想以上にパニックを起こさないことに安堵する37歳母。
恐怖→パニック!というより、何が起こっているか分からなくて、2人とも私の顔を不安そうに覗き込んでいる、という感じ。
2回目の『大丈夫でした』アラートは私が耐えられなくて、電源OFFに。
子どもらが「なぁに?」って聞いてくるから「ミサイルが打たれたから危ないよってこと」って答えて。
その後、恒例の「ミサイルって何?」「どーん!って?」っていう2人の質疑応答をして通常営業の朝へ。
子どもを保育園に連れて行ってからも、もやもやは晴れなくて。
気分を落ち着かせようと、昨晩夫が作ってくれた南瓜コロッケ(自称失敗作)をほおばりながら色々と考えた。
腹が満たされて少し落ち着き、思考も動き出す。
東アジア共同ワークショップに何度か参加したことがある。
北海道開拓や戦時中に強制的に労働をさせられた主に朝鮮系の外国人の遺骨を発掘したり、慰霊をしたり、歴史を勉強したりすることを目的とした会で。
開拓
屯田兵
強制労働
従軍慰安婦
アイヌ
神居古潭
韓国
北朝鮮
どれも社会の時間に習う単語であり、教科書にも載っている。
マーカーで線を引き、赤シートで隠して頭に叩き込んで、考査では記号で答えて通過していく言葉たち。
まぁ、そうなるのは今の日本の教育だと仕方ないし、そもそも社会の先生も歴史の中の近代アジアについて専攻してなければ、普通はそこまで深く知らない。
社会の教員免許って色んな大学でとれる分とりやすいし、社会って幅広いしね。
んで。
何が正しいとか間違っているとか、優れているとか劣っているとかはおいておいて。
骨や風景を見ながら、時には触れながら、討論しながら、なんならいい大人が声を荒げたり涙を流したり、温泉に入ったりしながら、様々な背景と国籍を持つ老若男女が様々な事情で集い、交わり、そして深め合う時間。
そこで知る事柄は、あまりにも残酷で悲しくて、目をそむけたくなるような事実ばかりだったんだよ。
それからは、考査のために現れ通過していったはずの単語たちは、この時をきっかけに別な意味を持って改めて私の中に保存されたんだよね。
んで。
そこでは、色々な方の韓国や北朝鮮のお話が聞けて、一番衝撃的だったのが、万峰景号に乗って北朝鮮に行ってきたよ!っていう方の話でさ。
何人かの子ども達が満面の笑みの写真や町の人の様子を見たんだけれど。
それまでの北朝鮮のイメージって
得体が知れない
不気味
危ない
マスゲーム
喜び組
万峰景号
在日
怖い
冷たい
何考えてるか理解できない
拉致
TVアナウンサーの話し方が独特で怖い
とか、とにかくネガティブなことばっかりで。
普通の人の普通の営みを垣間見てびっくりした。
「なぁんだ!私たちと一緒じゃん!」って。
それが、『国』という属する組織の考え方で発信される内容が制限されたり、逆に発信する内容が多くとも偏りがあったりするもんだからさ。
TVや雑誌を見る、学校へ行く、電車に乗る、町を歩く、って普通に暮らしを営んでいるだけであれば、もろに『偏りのある情報』を『それが全て』として記憶するよね。
よく知らないから、余計に、強烈に。
でもさぁ。
多くの国民は普通の暮らしを普通に営んでいるんだよね。
色々な思惑のうちでコントロールされたりしたりしながら、それでもなんだかんだ「平和がいいよね」って思いながら暮らしている。
大多数の一般的な国民は。
だって、私もそうだし私の周りもそうだし。
だからさ。
ようやっと冒頭のJアラートの話に戻るんだけど。
こんな風に煽ること、ないんじゃないかなぁ。
うちの子はきっと物心ついて尋ねたら『北朝鮮=ミサイル=怖い(放送)』って記憶になっていそう。
いや、もちろんミサイル発射するのはダメよね。
「なんで!?」「やめてよ!」「危ないじゃん!」って思う。
必要になれば非難もしなきゃいけないんだけど。
...なんだけど、さぁ。
「ミサイル当たって死んだらそんなこと言えんのか、てめぇ(・∀・)9」かもしれんけどさぁ。
でも、やっぱ思うんだよ。
ここまでの煽り・恐怖心の増幅はいらないんじゃないか、って。
それはあくまで『国』のふるまいであって、『国』がした『行為』が悪いのであって『全ての北朝鮮人』が悪いわけではない。
もちろん「いやぁ、うちの国何考えてるか分からん..」って思ってる人もいる。
ごくごく一般市民が思うのと同じように「平和に暮らすのが一番!」って思ってる人もいる。
..んだけれど、こんな風に煽るとさ。
『北朝鮮=悪』
『北朝鮮人=悪いやつ•嫌なやつ•日本を攻撃してくるやつ』
ってならないかと心配。
もちろん、お子さんが拉致されてとかミサイルの破片が当たって..とかで嫌なことの当事者もいるのは事実。
そこから様々な人の中で様々な感情が渦巻くのは分かる。
でもさ。
「マーカーで線を引き、赤シートで隠して頭に叩き込んで、考査では記号で答えて通過していく言葉たち」と認識していた人たちが、ミサイル発射に付随して発生している、ただただこの『恐怖心を煽る』サイレンだったりアナウンスによって水増しされた『(「よく分からないから・得体が知れないから」由来の)恐怖心』で、過去の私のように闇雲に『怖い』『危険』ってならないといいなぁ、って。
そして、ごくごく身近にいる朝鮮系の人たちに辛く当たる、ましてや『攻撃』『報復』なんてことにならなければいいなぁ、って心底願った朝。
同じ町内会の朝鮮国籍のキムさんが悪いわけじゃない。
同じ通学バス、いつもの時間のいつもの席のチマチョゴリを着た名前も知らない女の子が悪いわけじゃないんだよ。
そこんとこは絶対に勘違いしてはいけないし、八つ当たりしてもいけない。

ってことで。
真剣に考えて疲れたので、うちのめんこちゃんを見て和むことにする。