時は2016年、青年海外協力隊の派遣前訓練で福島・二本松滞在時。

友人の友人だったご縁で、東日本大震災の語り部として岩手県いわき市を案内してもらったのがきっかけで緩やかな繋がりが続いていた斎藤暁生さんと、お仕事をご一緒させてもらうことになりましたクラッカー


どちらかと言えば、3次元での手ざわりある関わりに重きを置くタイプの私真顔

...なもんで、私自身の視点だけだと”私がオンラインで教育サービスを提供する”ということにはならなかった、、、はずなのにDASH!

人生っていつ何が起こるか分かりませんねビックリマーク

 

声をかけてもらったことがきっかけでパタパタっと話が進んでいき、こんな風に形になるだなんて目

「人との出会いは化学変化だなぁドキドキ可能性を広げるなぁアップ

と実感しますウインク

 

目の前に現れる現実も、人生も。

本当に簡単に変わるなぁ目とも思います。

 

だから、やっぱり。

子どもたちにはさ。

 

自分の家族でも学校の先生でもない色んな立場の大人と出会い、関わって欲しいなぁ音譜と思うのです。

 

 

もちろん、それは大人にも言えること。

『子どもが学校へ行かない』という現実は同じでも、捉える視点が変わるだけで

 

例えば「辛い」と感じている気持ちが楽になったり

重苦しく感じる家庭の雰囲気が軽くなったり

先が見えない不安や怖さがふわっと和らいだり

 

すると思うんです。

 

大人も子どもも。

もし、気に病んでいるのなら。

心のどこかに引っかかりを感じているのなら。

家庭で何かしらの息苦しさを抱えているのなら。

 

まずは、繋がることから始めましょうニコニコ

オンライン個別指導”ユルタ”のお問い合わせはこちらからダウン

 

 

 

なお、中富良野近郊で実際に通えるフリースクールもやってますひらめき電球ウインク

 

放課後に居場所を見出せなかったり、塾代わりに利用したりもできますよ合格

こちらについても詳しくはお問い合わせをパー

春休み初日、ご都合つけばいかがでしょう?

 

 

 

事前のチケット購入が必要ですパー

チケットはオンラインで1700円、協力店での購入は1500円。数量限定。保護者無料ビックリマーク

 

うちの町でもこういうことやりたいなぁひらめき電球

隣町、上富良野でのまちづくりフォーラムに参加した時の資料でこんなの見つけたよ~パーと送られてきたPDFデータ。

わぁ、タイムカプセルを開けた気分だわ目

当時は、中富良野での望み通りの物件になかなか巡り合うことができず、他の市町村にも視野を広げていた頃。

「中富良野在住ですが、こんなことやりたいんですビックリマーク上富良野にいい物件が出れば引越す覚悟です!!」って、全体の場でプレゼンをさせていただいたのでした。

 

5年前のこと。

当時、私が放った夢に興味を持ってくださった方と深堀りした未来図、ほぼ叶ってますねウインク

というか、想定以上に進んでいる&私の中でもあれこれ明確に気持ちが定まっていましたクラッカー

 

少しの変更は、助成金について。

助けてもらわなくても回る組織にしたいなぁ音譜と修正しての情報収集中です合格

だって、自立自走できる方が絶対カッコいいからチョキ

全く意図していなかったけれど、最近のセミナー参加や学習欲はこの仕事のためだったか...と。

言葉を紡いでの表現も好きだけれど。

 

視覚に訴える表現も好きだし得意なのだなぁ、と今更気が付きました音譜

 

canvaを使ってファンシーなバナーデザインもできるけれど。

実務的な紙媒体向けデザインもいい塩梅合格

 

最近、町で実施している地域おこし協力隊の方の写真講座も受けていて。

デザイン沼にますますハマりそうな予感です恋の矢

私が大好きなモンゴル800さんの有名な曲のフレーズですデレデレ

釣られてしまった方は世代でしょうか音譜

 

過去の私は「いや、そんな愛郷心とか、、ないし真顔」と言いながらも、町のことに関して友人知人に「ねぇあれ、どう思う!?」とあれこれ問うて、相手の関心が低ければ「いや、私達が住んでる町なんだからもっと関心持とうよビックリマーク」と言っていた人間でした。

 

一方で。

幼児を育てながらフルタイムで働いていて、時間も惜しいし読んでも理解できないから議会だよりなんて読まない。

ワークショップなんて所詮『町民の意見を聞くのに開催しましたよ!!』というアリバイ工作のための無償ボランティアじゃないかビックリマーク

それに出る時間があれば、どうにか残っている体力をせめて家族のために使いたい。

フェスティバルはてなマークそんなばら撒きなんて興味なし!!

...って思っていたのです真顔

町から提出を求められるアンケートにもそんな理由で協力することはなかった。

 

...の一方で。

中富良野で育ったのだから町を良くしていきたいのは当然。

ましてや、日本国内どこに住んでも良かったのに家族帯同で「ここで子育てしよう!!」と決めて本帰国したのだもの。

出来れば昔ながらの良さを生かしつつ、人口増とか関係なく。

私達以外の誰かにも選ばれる町になりたい。

 

自分の意見が他の人の声も反映するだろうに、それを出すことにも抵抗がある。

 

なんて。

あれこれ拗らせつつ、色々とどこの誰に発散していいのか分からない気持ちを募らせ続けていたわけです。

今となれば、なんと周りくどいことをしていたのか、、と恥ずかしい限りです笑い泣き

 

拗ねに拗ねて拗らせていた私が、ふと思ったんです。


この、まちが好きって気持ちを響かせ続けたら何が変わるだろう?

何の影響力も持たない、中年の主婦が一歩踏み出したら。

どんな世界ができるだろう?

って。

そして、周りを見ると、失敗しても命まで取られることはないじゃない?と気づいたんです。



この瞬間がスイッチとなってあれこれ切り替わり、僅か8カ月の間。




そんな過去の私をまちづくりにいざなうには、と思って動いておりました。

拗らせて素直になれない私の気持ちを知っているからこそ、真正面から『ねぇ!まちづくりしない!?』ってなるわけです。

もう一昔遡るとShall we "MACHI-DUKURI”?です。


 

私自身の今後は、あれこれ思案の余地があるのでギリギリまで置いておこう、とは思っておりますが。

にょきにょきと芽吹く存在は多数あるようで、すごくすごく歓喜しております。

せめて、これまで以上の我が町投票率アップに繋がれば、私がこれまで自治体限らずまち(日本国)づくり!への意図を巡らせて呼びかけてきた意味はあるのかな、と思っています。