私が大好きなモンゴル800さんの有名な曲のフレーズです![]()
釣られてしまった方は世代でしょうか![]()
過去の私は「いや、そんな愛郷心とか、、ないし
」と言いながらも、町のことに関して友人知人に「ねぇあれ、どう思う
」とあれこれ問うて、相手の関心が低ければ「いや、私達が住んでる町なんだからもっと関心持とうよ
」と言っていた人間でした。
一方で。
幼児を育てながらフルタイムで働いていて、時間も惜しいし読んでも理解できないから議会だよりなんて読まない。
ワークショップなんて所詮『町民の意見を聞くのに開催しましたよ
』というアリバイ工作のための無償ボランティアじゃないか![]()
それに出る時間があれば、どうにか残っている体力をせめて家族のために使いたい。
フェスティバル
そんなばら撒きなんて興味なし![]()
...って思っていたのです![]()
町から提出を求められるアンケートにもそんな理由で協力することはなかった。
...の一方で。
中富良野で育ったのだから町を良くしていきたいのは当然。
ましてや、日本国内どこに住んでも良かったのに家族帯同で「ここで子育てしよう
」と決めて本帰国したのだもの。
出来れば昔ながらの良さを生かしつつ、人口増とか関係なく。
私達以外の誰かにも選ばれる町になりたい。
自分の意見が他の人の声も反映するだろうに、それを出すことにも抵抗がある。
なんて。
あれこれ拗らせつつ、色々とどこの誰に発散していいのか分からない気持ちを募らせ続けていたわけです。
今となれば、なんと周りくどいことをしていたのか、、と恥ずかしい限りです![]()
拗ねに拗ねて拗らせていた私が、ふと思ったんです。
この、まちが好きって気持ちを響かせ続けたら何が変わるだろう?
何の影響力も持たない、中年の主婦が一歩踏み出したら。
どんな世界ができるだろう?
って。
そして、周りを見ると、失敗しても命まで取られることはないじゃない?と気づいたんです。
この瞬間がスイッチとなってあれこれ切り替わり、僅か8カ月の間。
そんな過去の私をまちづくりにいざなうには、と思って動いておりました。
拗らせて素直になれない私の気持ちを知っているからこそ、真正面から『ねぇ!まちづくりしない!?』ってなるわけです。
もう一昔遡るとShall we "MACHI-DUKURI”?です。
私自身の今後は、あれこれ思案の余地があるのでギリギリまで置いておこう、とは思っておりますが。
にょきにょきと芽吹く存在は多数あるようで、すごくすごく歓喜しております。
せめて、これまで以上の我が町投票率アップに繋がれば、私がこれまで自治体限らずまち(日本国)づくり!への意図を巡らせて呼びかけてきた意味はあるのかな、と思っています。