何かのTV新聞でこの本を知り買っておいた。タテに「積んどく」状態の中から引っ張り出して読んでみた。1990年代後半に書かれた本で、これまでの歴史と現在を踏まえて2050年の日本を予測する本。
日本は没落するのか。四半世紀経った今、氏の論に沿った状況にあるようだ。インバウンド外国人で賑わっている姿は1990年代に想像できなかったことだが、これとて「日本が好き」で来日した人と「日本が安いから」来日した人が混じっていることに注意。
<表紙>
(1)新人類
新入社員を表現するワードとして1980年代後半に「新人類」があった。その背景など考えたこともなかったが、著者は戦争を境にした人口遷移から明確に述べてくれている。
(2)政治家と政治屋
この本は1998年頃に書かれたもので、約50年後となる2050年の日本を予想している。往時の総理大臣を振り返って、1990年代以降になると「プロジェクトを示せる政治家」がいないと嘆いている。次の選挙におびえている政治屋ばかりではダメ。宗教家についても宗教行事家が混じっていると云う。この2種類の人達は「利他心で行動する分野では、人間は合理的でなく押しつけがましくなる。……(中略)……一部の他者にだけ利益を与える利他であることが多い」とか。
二世議員は問題だが、日本人そのものの政治的無気力がその根源だと述べている。それはそうかも。もちろん日本人の大半が宗教的無気力でもある。
(3)金融と産業の荒廃
ピュアに好景気が続いているならそれでいい。でも景気対策で無理に底上げしているとか、ノルマを課して数値を上げる、不動産価格だけが吊り上げっていくような恣意的なものでは困る。サラリーマンにとって「忠誠心は絶対不謬のものに対してだけ抱かれるべきである」という言葉は重たい。
1980年代の不動産バブルはこんな上昇だったのか。最近は都内マンションが1億円以上するとか。今もバブルの再来なのか、それとも経済が順調な結果なのか、冷静に見られるようにしなくてはいけない。
____1983年 1988年 1991年
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東京 100 350 停滞
大阪 100 250 450
(4)大学改革案
大学は多過ぎる。大学生が溢れてくれば自ずと質は低下する。それは戦争を経て軍隊が拡大していったプロセスと共通の悩みだと言う。大学生の問題を直接書くのを憚ってか、かつての軍隊での不祥事を書く事で大学の抱える課題を伝えようとしているのもあるのだろう。日本に限ったことではないだろうが、非違行為は酷い。政治家と同様に、軍人にも事務軍人なる言葉を使っていた。
知識偏重、教養部の存在、四年制にも疑問を呈されており、「高学歴化は実質の伴わない利益ゼロの不良投資」と喝破している。
(5)北東アジア共同体構想
これは90年代の選択として正しかったのだと思う。氏の構想によると
中国 6
朝鮮 2
日本 2
琉球 1
台湾 1
の計12のエリアに分けた共同体。まずは相互に投資する/受ける関係から始めて将来的に通貨統合も視野に入れるとか。東南アジア諸国は国民性が異なると言うが、気象条件が異なれば国民性に影響が出てくると思うのでそれも尤も。
バブル崩壊後とはいえアジア域内で1強だったこと時代、急激な円高を背景にした「円の国際化」って言葉が踊っていた時代でもあった。近隣国と過剰に争っても仕方ない。
でも、2010年頃にGDPで中国に抜かれてこの10数年でギャップは広がるばかり。今となっては日本が提唱してこうした構想が叶うとは思いにくい。前広に構想を示す力、それを実現する力どちらも必要なんだな。
(6)ちょうど読了した頃に
先日TVを見ていたら、20代の生活保護受給者が2000年比で7倍に増えているとか。2008年のリーマンショックの頃ならともかく本当だろうか、NHKを疑ってしまった。ただ、聞いているとどうやらその親が就職氷河期世代に該当していて実家では親自身の生活が苦しいので、とても20代の子供の面倒まで見られないのだとか。そう言えば、子供6のうち1人が貧困だとTVで聞くようになったのは数年前のことなのか。当時はコロナ禍が遠因化と思っていたが、これも彼らの親世代が就職氷河期世代だったことと関係しているのかも知れない。となると、20代の生活保護増を予見できていたのか……。
この件も森嶋道夫がこの本で分析している人口遷移や時代背景から導かれる現象なのだろうと納得した。困窮者が出てくる前に分析しておき、あらかじめ打ち手を考えられないものだろうか。それも政治家・役人の仕事。
<TV10の朝の番組より>
また、羽鳥さんのモーニングショーで4月にこんなフリップを示していた。私も会社で15才くらい下の世代からキッパリと「それってジェネレーションギャップです」と言われ、笑いながら「同じ昭和生まれじゃないか」と言い返してみたことがある。時代の空気がこうも移ろうことは、一歩引いて俯瞰しないとなかなか滲みてこないものだ。

