見返りを期待しない
~『神との対話(1) 』-第5章(P174~P175)より

ポイント:
・人間は、愛を与えると、見返りを期待しながら生きる。
・神様は、愛そのものなので、愛を表現できれば、それで満足。
 具体的な見返りは必要がなく、期待なしに生きる。

■ 1. 人間の生き方についての引用
・人間は投資には見返りが必要だと感じる。
 誰かを愛するのはいいのだが、
 相手からも愛が返ってきてほしいと思う。そう考える。
 これは「情熱」ではない。「期待」である。
 これが人間の不幸の最大の原因である。(P175)

■ 2. 神様の生き方についての引用
・神が(あるいはあなたがたのなかの神が)
 愛すれば、神自身はそれで実現されるから、
 それ以上は何も必要がない。(P175)

・期待なしに人生を生きること
 ・・・具体的な結果を必要とせずに生きること・・・
 これが自由である。これが神性である。
 これが、わたしの生き方である(P174)

□ 私の理解
・私は、自宅で仕事をしていますが、
 まだ幼い子どもから「だっこ、だっこ」と言われた時、
 「将来、100万円くれるなら、いいよ
 と、見返りを約束させて、だっこしていたことが、
 何度かあります・・・。今後、気をつけます。

・私が大学へ進学する時、
 叔父が100万円を現金で持ってきて、こう言いました。

 「お前、母子家庭で、
  俺が父親みたいなところもあるから、
  このお金、返さなくていいし、
  返そうなんて、これっぽっちも思うなよ

 当時の私には、叔父が神に見えましたし、
 (これが無償の愛というものか)と感じました。
 叔父は、私に愛を与えるだけで満足していたはずですし、
 それ以来、その100万円については、一言も触れていません。

 見返りを期待せず、純粋に愛を表現することを考えていれば、
 その時、その人は、その人の中の神を表現できるのだと思います。

 最後までお読み下さり、ありがとうございます。

※上記の出典は全て、
  『神との対話(1) 』、
ニール・ドナルド・ウォルシュ 著、
    
吉田利子 訳、サンマーク文庫
 
から引用させて頂きました。